ときおり人生ジャーナル by あきしお ⁦‪@accurasal‬⁩

ときおり人生の思いを綴る雑記帳|andy-e49er | ID-Zerv 2b trusted @Accurasal

“お客様は神様です” は過去の遺物

f:id:andy-e49er:20251104175912j:image

👆日本は夜明け前か?それともさらに闇が訪れるのか?

🇺🇸米国駐在時、1990年後半からミレニアム前の自身の経験値を少し昔語りに書き残してみようかと思う。前々から思っていたことなのだが。

👉退職時NDAサインしている。オリジナルで書き溜めたわが長い超大作の中からごく一部を抜き書きする本内容。実名をマスキングや一部編集して今回初掲載してみる。

(この "作品" 今後どう扱うかは未定…)

今回テーマは、日本企業経営の弱点の一つ、
品質に対する日米思想の違い

 米国サプライヤーD社 ( * 後に大手E社が買収) から当時私が調達輸出行っていた "ディスクアレイ" 装置のOEM調達(記憶装置関係の事業部向けとして、社製品のブランドで仕入れて日本顧客向けに供給)において、日本の大手納入先重要顧客の現場で起きた重大な品質事故。

 サプライヤーD社アメリカ本社(ボストン近郊) において、その対応で関係者が一同に介した交渉の会議が大紛糾したことがある。

◉ このとき品質に対する日米の考え方の激しい落差をまざまざと体験した。(いま、2025年になってみれば、もうこんな時代錯誤的な日本側の要求はないのではなかろうか、だが...) 私は駐在する者として、この大変な会議の通訳兼交渉者 (補佐)としてこの会議のまとめに鋭意腐心した、そのときの記録を残しておく。

✴️ 日本側の主張、それは日本的考え方では "一見正当" であったかもしれない。少なくとも日本側の技術者は真面目にそう考えていたろう。

しかしその立ち位置として 米国サプライヤーに "要求していること" は常識的な国際取引慣行の範囲をはるかに超えていた。

  • 『責任を明確にした謝罪を含む報告書を顧客宛てに提出せよ!』

などという要求は、当時199x年後半の時代であっても、前代未聞。しかも我々が調達しているサプライヤーの不良ではなく、彼らが購買して使用した電気部品が品質不良であったわけで、それも所期の設計不良率の範囲である。そんな限度を超えた論理的にも意味の通らぬ要求には、必然性の根拠は何もなかった。無手勝流

(当然、米国D社には断られた。)

 そもそもの元を正せば、調達時のOEM売買契約における発注者側の技術仕様で約束されている範囲を超えたその外のこと。従ってサプライヤー側の設計責任には全くもって及ばない。その使用電気部品の不良が直接要因となって起こった今回の重大品質事故の点について(日本の某大手)顧客から 我が社はこっぴどく怒られ (今なら間違いなくカスハラに相違無い、と思う…「謝らねばならない」 ので、その米国サプライヤーからは、サプライヤーとして責任があるから謝罪する、と受取れるトーン、ニュアンスになる文書を作成させて入手し…日本へ持ち帰りたい、という無茶な要請だった。 …そんなもの作れるか!

 今だからいうが完全に非論理的な要求。もはや感情論であり、当時の純日本的なビジネス論調。つまり『お客さまは神様だ』、買っている者が一番偉い!であった... と思う。 これに中心的な当事者として接し、通訳としてもこんな無体な要求を英語で訳して発言することにも、またこの交渉自体の切り盛りとしても大変窮した。

▶︎今ならこれは、カスタマーハラスメントになるのだろうか?

 この時に得たビジネス文化摩擦、いわゆる "パーセプションギャップ " の理解 

その実務経験。その後の私には大きな経験で、知的財産となった。また当時は想像もしなかったことだが、後に転じて勤務することになる西海岸事務所で役に立つことにはなるのだが...。

  この時の日本的なビジネス慣行(「お客様は神様」) は今、202X年代になってどうなっているか。もしもそんなスタンスが変わり、なくなっていないとしたら…日本人のメンタリティを丸出しにするこんなアナクロな海外ビジネスのプラクティスは、実に致命的だろう。

(実話)30年ほどの時を経て、ついこの間のこと。👇

この一件の起きた頃に、私の会社から見て大手顧客になる社にいた当時の顧客側 "調達" 幹部の方と、私的なワイン愛好家の集まりで、到着時間帯が近く隣り合わせた。

▶︎名刺交換。その際に私より年長で高齢と思われるその当時の幹部の方からアメリカ時代の話が出た。おそらく上の一件に当たる話の蓋然性が高い内容だった。違っている別案件だとしても同種の内容と感じた。

この方のパーティ酒席での言動。取引先を "上から目線でなじる" 強圧的な、当時よくあった昔気質の "あるある" なプラクティス・・・ある意味、これは当事者による"証言"…を本人の功績であるかのごとく酒席での昔話として、実に得意げに、しかも1対1で直に本人から聴くことになろうとは。

青天の霹靂。夢にも思わなかった。(人生の巡り合わせとは不思議なものだ)

こんな国際感覚なしの下請けイジメ的な強圧体質は、腹立たしく許せない思いだ。

✳️ 話を当時の私の個人的な回顧録に戻す。👇

 いま (←2000年代より少し前) エレクトロニクス業界は大きな転換点にさしかかっているのにも関わらず、これは日本という鎖国時代を長く経験した特殊社会の慣習のせいなのか、日本メーカーは未だに大手顧客取引慣行の犠牲を強いられ、ハードウェア供給のシステム売りビジネスでもがき苦しんでいるように映る。

以上は、私の米国駐在時 : 1990年後半の自身の経験をもとに書いたものです。