

今週の非出勤日を(木)に変えて、行ってきた。

ヴィンセントではなく、フィンセント・ヴァン・ゴッホ。英語だと綴りと発音は、Van Goh (ヴァンゴー)だったか?
👉今回展示会は、オランダのゴッホ美術館からだが、世界で誰でも知る有名で私がボストンやロンドン、パリなどで観てきた『🌻ひまわり』などの有名すぎる絵画より、彼の家族による支援に光を当てた物語風の仕立てで、展示された本人作品も、これまで世界の一流美術館では見たことのないもの。なかなか造詣が深い内容。
フィンセントの弟のテオ、彼は兄の死後半年後に病没。その妻のヨー(Jo)が、慎重に絵画を🖼振り分けして世界中に出すものと家族が持ち続けるものとを分けたり、ロンドンの美術館にひまわりを🌻売ることでゴッホの業績を世に知らしめる戦略を取ったのだという。
ゴッホの生活 (部屋代ほか) と使う画材などの全てを経済的に支えていたのは弟の画商だったテオで、妻のヨーはその頃から家計簿を付けていた。彼らの死後に売った絵画のこともその家計簿に記録していた。家計簿の実物とパネルに仕立てた写真まで展示・掲示されている興味深い展示会だった。
✳️ 最終コーナーで、動く映像に仕立てた短い絵巻物風のビデオ作品が三方の壁いっぱいに繰り返し投影されており、Instagramの方で投稿してあります。リンク🔗▶︎ Instagram
ところで、本日ゴッホの生涯を追っていって一つの疑問を持った。自宅に帰って、ChatGPT にこの質問を問うてみた👇
(私)フィンセント・ヴァン・ゴッホは、1890年7/29 に麦畑で、銃で胸を打って2日後に亡くなりました。当時のフランスでは拳銃は簡単に手に入れられたのですか?

(ChatGPTの回答)
とても良い質問ですね。
フィンセント・ファン・ゴッホが亡くなった1890年当時(フランス第三共和政期)において、「一般人が拳銃を入手することは可能だったのか?」という点には、いくつかの社会的・法的背景があります。
🔹 法律的な状況(19世紀末のフランス)
19世紀後半のフランスでは、現代のような厳格な銃規制法はまだ存在していませんでした。
銃器の販売・所持は基本的に**「自由」または「軽度の規制」**の範囲内で、特に田舎や小都市では簡単に手に入るものでした。
当時の拳銃は「防身用」「狩猟用」「民兵・警備用」としても市民に広く流通しており、**軍需品店(armurerie)**や地方の金物屋(quincaillerie)でも購入できました。

(☝️上野恩賜公園の、超広〜いエリア)
同じ質問へのMicrosoft Copilot の回答はこうだ⤵️
1890年当時のフランスでは、拳銃の入手は一部の人々にとっては可能でしたが、一般市民にとってはそれほど簡単ではありませんでした。
当時のフランスでは、拳銃は主に軍や警察、そして一部の上流階級や収集家が所持していました。以下にその背景を詳しく説明します。
🔫 19世紀末フランスにおける拳銃事情
軍用拳銃の普及 フランス陸軍は1873年から「MAS M1873リボルバー」という拳銃を制式採用しており、1887年までに約33万丁が製造されました。これらは主に軍人に支給されていました。
民間での所持 一部の富裕層や収集家は、個人的に拳銃を購入することが可能でした。当時のヨーロッパでは、将校が軍の制式拳銃ではなく、より小型で持ちやすい拳銃を個人購入することも一般的でした。
法規制の状況 19世紀末のフランスでは、現代のような厳格な銃規制はまだ整備されておらず、地方の市場や武器商から購入することも理論上は可能でした。ただし、流通量や価格の面から、庶民が気軽に入手できるものではなかったと考えられます。
ヴァン・ゴッホのケース ヴァン・ゴッホが自傷に使用したとされる拳銃は、彼自身が所持していたものではなく、地元の農家や宿の人間が持っていたものを借りた可能性が指摘されています。銃の出所は不明ですが、彼の生活環境から見て、個人で購入したとは考えにくいです。
✳️ AIの実力はやはり凄いと言わざるを得ない
昨日の講演登壇 (ズームのリアル配信・職場から) を無事終えて。準備に最大限頑張ったことのご褒美と気分転換で。
このあと、昼ごはんは日本橋室町の ”肉鮮問屋佐々木” のすき焼き定食。

昨夜日テレevery で紹介されてたお店。



食後は、日本橋室町界隈をぶら散歩🚶♀️
三井室町タワーの、『大屋根テラス』という屋根付きの外のフロアは広くて快適な空間を演出

オブジェもユニークな感じのがあった

☝️三越 (MITSUKOSHI) の正面内部のデコレーションと、ライオンが見守る本館入り口には暖簾がはためいていた👇
日本橋の路地裏をぶらぶらしているうちに行き当たったのがこの神社⛩️
☝️こういうのを観てインバウンド観光客が来るんだろうなぁ...招き猫で有名になり過ぎた豪徳寺みたいに、いつか外国人ばかりになったりするかも。
日本橋。マンダリンオリエンタルホテルの摩天楼が聳え立ち、他にも地元に長い三井関係が林立する。さすがは三井不動産の本拠地だ、
ゴッホ展をしっかりと具に拝見したあと、東京のど真ん中ともいえるダウンタウン日本橋と、室町をゆったりと気ままに歩いたので、気分も一新できて、癒しのDAY tripとなりました。

今日は、11/6 (木) 気温はたぶん10℃〜12℃くらいだろうか?終日曇り、風もなく穏やかで涼しげな晩秋という感じでありました。⭕️快適
✴️ こうした東京のダウンタウンとしての中央区、あるいは千代田区は、街自体が洗練されていて綺麗で洒落ています。しかし、隣接する台東区は下町本来のまた別格の雅さ (みやびさ) があります。
#蔵前 の隣にある、#浅草橋 は、浅草とは何が違うのか? #台東区 には #上野恩賜公園 や各種の #美術館 が集積していたり、アメ横みたいな昭和なマーケットも。不思議な魅力があります。
"東京のブルックリン Brooklyn " といわれているのか。


