
👆建物の土台や骨組みは大切だ。そこに間違いや欠陥があれば基礎から崩壊することになるかもしれない。
#問題解決
『私が生み出した問題ではなく、前任者が先送りしてきた問題かもしれない。それでも、今の責任者である私が向き合う。私は、自分が正しいと思うことを実行してきただけなのだ。』
出所 : 以下ブログから ;
リーダーのAuthenticityとは何か ~問題を先送りせず、自分の時代に決着をつける - Heaven's Kitchen / 清水のブログ by Seed Master Consulting
この話でまさに思い出すことがある。
◉ 現役時代の自分のことだが、
管理職や上司としての、人事面の振る舞いは果たして、人間性の面で、正しいものだったのか?
というものだ。
✴️ 私がある部門の課長だった時、過去の海外取引の個別の案件データがうまくシステム的に処理完了までがされておらず、"不正に" 多くの件数が蓄積されていた。ここで不正というのは断っておくが、会計的な不正行為ではなく、正しくシステム面のデータ完了までに至っておらず、システム的に正しくないまま未完了データとして滞留したままだったのだ。いわゆる『ごみデータ』が溜まりに溜まっていた、という事務処理での未解決問題に遭遇した。
システムとしてはごみデータが溜まり過ぎればいつか大変なことになる。分かっていた。前任の課長も海外への転勤異動などで、ずっと未着手のままだったわけだ。そこに私が着任した。
これは組織として放置できないので、対応のためのプロジェクトを上司に相談して立ち上げた。そして現場・現業での問題潰しの対応を任せるリーダー職を設置。他部門から参入していた部下N氏 (主任) を指名した。
✖️地道な作業だったはずだ。つまらない仕事を命ぜられたと、彼は不本意だったに違いない。「自分はそもそも関係のない、過去の他人がやり残した残滓」ある意味の不良案件。その中身を過去のファイルなどに当たり遡って調べる。その問題を分析・分類して、分類された対応の処理を当てて一つずつ不正データを潰していく。データ完了させるのだ。完全に後ろ向きの作業だった。面白くなくて"腐る" のは分かる。
その指名されたリーダーが、ある日会社を辞めて、大学院に進学することになった。
当事者としてはやむなく別のM氏を当てた。

最終的な顛末は覚えていない。私自身がそのグループの課長から一年で内部異動したから、ということがある。プロジェクトは次の人に引き継がれ結果として正しく終えられたか。当時はこちらも余裕などなく日々の課題や目標に一所懸命。前任の仕事がどこまで進んだのかなどを後任に聞くことすら頭に無かったのだと思う。企業組織では、全体が有機的に動いていて、良くも悪くも所属員個々人の都合など、一々構ってはいられないのだ。
一つだけ覚えていることは、取り掛かる際の対応。責任を持つその所掌の管理職として、上司の部門長と共に、関係する経理部門と掛け合い、正式な個別案件データの経理処理プロジェクトとそのための手法プロセスを社内で立ち上げたこと。記憶にあるのは、その公式の部門横断文書を起草・作成。完成〜発行までこぎつけ、手元に持っていたこと。それはクリアに覚えている。誇らしい気持ちだったからなのだろう。だから、立場上は責任を持ってしっかりと対応した、と胸を張っていえる。↙️
✳️ しかし今、この年齢になって、過去のその時の自分のやり方・対応を振り返ることがある。
あるいは、また別のときの違う話になるが、部下を自分の所掌下から外して別の部署へ異動させたことが何度かある。それは上位の部門として人事方針に基づいた行為で、私の意思では無かった。"動かす誰かを選ぶこと" それが役割で、誰かを選ぶことしか選択肢がないものだった。けれど、その際に当の本人はその異動に賛成ではなく不本意だったと、そう周囲から間接的に聴くことがあった。罪悪感を覚えたことは記憶している。会社だから仕方ない、と当時は割り切っていたのだろうか?
✳️ 私自身なりの反省は、
- 企業の論理を優先して、大切な部下の、人としての気持ちは考えることなく、粛々と管理的に物事を進め過ぎてはいなかったか、
具体的には
- 当時の自分の対応。部下に対する事前の説明や説得、特に "双方向での対話" は十分だったろうか。
ということだ。
◎ 必要なことからは逃げず、正面から対処してきた。中間管理職の課長職としては十分だった、
👉けれども、当の部下たちが納得して理解するための "対話" があったか?といえば心許ない。上司として信頼されるに足りる人間性は、品格は十分だっただろうか。
ひとりの人間として人格的によい対処、その質的レベルは正しかったか?
彼らは上司だった私の決定により、不本意な変化を余儀なくされたのではなかったか。おそらくそうだったろう
◉ 物事に常にしっかりと対応して来たという自覚と自信がある。だからそれらの思いは『後悔』ではないが。
✴️ しかしこうしたいくつかの場面で、自分の対応には優しさの人間性が不足していた、不十分だった。
少なくとも、人として熟練、熟達したよい接し方ではなかったと思う。品格の問題だ。
自己分析をしてみると、
- 己の考えは問題に対峙して解決することへ一点集中しすぎていた。だから
- 相手への配慮までは、気が回っていなかった。
- それは余裕がなかったのだと思う。
-
上に立つものとしての包容力や自信が、経験の浅さ薄さゆえ足りなかったのだと思う。
👆都会のビルの谷間に暖かさは感じない
▶︎ 結果、相手への事前説明が足りなかった。完全な同意や合意は得られなくとも、相手に寄り添う姿勢を示していれば、部下たちの受け止め方はもしかしたら違っていたかもしれない。私の対応に不足があり不十分だったことを、今更ながら認めないわけにはいかない。
✳️ このような「思い」を過去に戻って解消することは叶わない。タイムマシンで過去へ戻ることはできない。

ではどうするか?
今後の自分の生き方や物事への対応の仕方へ、反省の想いをフィードバックして、対応することだ。
- 問題について熟考したり、時間をかける、
- 相手の想いにまで想像して配慮し、
- 意を尽くして説明をする、
- そのプロセスの中で、相手との対話に尽力する、
そういう "在り方" を目指したい。
会社という組織の論理に過度に縛られていた。
家族的な優しさ、相手の気持ちに寄り添ってシンパシーを感じる。人間性に富む、包容力を持ち合わせた共感をしながら、対話する。
そういったプロセスが大切だと改めて思っている。

◉ 目の前の木にばかり目が行くなら、木を見て森を見ずになる。遠くには東京スカイツリーも見える。全体や先のことまで包括的に俯瞰し、想像し、時間をかける。拙速にならず、包容力ある人間性を忘れない。相手とよく対話する覚悟とその努力を惜しまない。

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貿易実務そして経済連携協定について講義を行うとき。目の前のリアルな聴衆、あるいは、ネットでつながる聴衆に、大切な説明をお届けする。聴いてくれる相手に十分な理解をしてもらえるよう、最大級のリスペクトを払い、事前準備と努力を注ぎ込んだパフォーマンスをお届けしている。それが私の矜持だ。今自分にできる全て。
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このblog著者の本名は出さないが、10/14 (水) EPA / FTAについてのリアルタイムのウェビナーに登壇した。
当日の後、少し日時は空いたが、今YouTubeで一般公開されている。実名投稿のLinkedin、facebook、それにLINEを使って親しい友人や貿易アドバイザー協会の仲間たちに、動画リンクと個人メッセージを今日 (10/27) 発信した。
23時の時点でLinkedinのアクセス数が微増して出てきた。スクショを更新しつつ掲載しておく。こちらは翌朝のLinkedin。アクセス数が、"256" で好きな数字(^^)
▶︎275 20% 80% 170 へ増 (16:53, Oct.28.)
この秋🍂、冬、そして春☘️。我が目標に向かおう。




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👆チキンのカレー。


👆銀座 Saray, Turkish Restaurant & Bar. 





































リンク🔗↙️
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👆巨大重機とその背景に聳える高層建物
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👆地下の骨組み 膨大な数。あまりのスゴさに圧倒される。前回3月に来た時は、解体して掘り下げられた、大きな空洞だけだった。


👆蓮(ハス)で埋まる
👆上野公園・不忍池の出口にある看板
👆館への入り口。入館料を払う
👆明治時代には馬車で登って行ったであろう丘の上にある大邸宅と広大な庭。その土地への坂道が緩やかなカーブを描きながら、続く↙️
👆緩やかな左カーブを描き、館の正面へ
👆バルコニーは一階と二階、両方にある。
👆外の庭園を、館の中から望む
👆広大な庭園
👆囲われた芝生地では三、四人の庭師が、芝生を手入れしていた。重要文化財だから必要なんだろう。 ...
👆天井の装飾
👆順路途中で見える長い主廊下
👆
広大な園庭だ、広大すぎる
👆この隣の黒っぽい和風建築はビリヤード🎱のプールがある建屋。手前の外、左に見えるのは、地下道の通気口とのこと。
その地下通路へと降りる階段
斜めだが階段を上から撮影した
👆こちらは二階へと昇る階段
👆二階からの眺め。右下に和の館
👆洋館らしい窓🪟映えること‼️
👆バルコニー・庭園全体を望める




👆「和紙」に金箔などの飾りを施した技巧的な壁紙らしい
👆階上へと昇る階段の、柱はギリシア神殿のごとし
その庭。意外に質素
👆この部屋はなかなかに立派だ。
👆感じ入ったこと。それは『三菱』の"
👆日本家屋から庭を眺める
👆平たく斬られた石、スゴい↙️
👆庭園に出てから和館を望む
👆和館と洋館が直に接続されているからこその、この間隔で、こんな感覚(^^)


👆庭園の端から望む。遠い‼️

これはiPhone17 Pro Max カメラの8倍ズームで撮影。
👆空の色合いが「秋」🍂
気温が高い日でTシャツ








👆洋館の全体像
👆🎱ビリヤード台の洋館側から庭園を望む
👆🎱ビリヤード台を設置した洋館、その内部の部屋。奥にビリヤードのテーブルが見える



