
食事を終え店を出ると、さほど暑くもないが、小雨が降っていた。

鰻は割と珍しいことになるのだが。食べるなら、やはりスーパーの冷凍もの+家で調理した自前うな丼とかではなくて、ちゃんとした鰻専門店で食べたい。
ここはしっかりした調理でたいへん美味でした。感謝!この日の家族サービスとして、よかった!と思います。
8.21.2026

食事を終え店を出ると、さほど暑くもないが、小雨が降っていた。

鰻は割と珍しいことになるのだが。食べるなら、やはりスーパーの冷凍もの+家で調理した自前うな丼とかではなくて、ちゃんとした鰻専門店で食べたい。
ここはしっかりした調理でたいへん美味でした。感謝!この日の家族サービスとして、よかった!と思います。
8.21.2026

マリンサイエンスミュージアム2️⃣ 【陳列・標本編】は🐻❄️シロクマからスタート。
👆海に住む動物として最大のものは🐳鯨ですが、極北には哺乳類の種として動物園で身近なシロクマ🐻❄️がいます。
(2026/8/31) 月曜日の午前、品川駅から歩いて10分ほどで行ける東京海洋大学品川キャンパスへ。目的の "マリンサイエンスミュージアム" を訪問しました。
https://www.s.kaiyodai.ac.jp/msm/#info
こちら「PART2️⃣」の代表は,🐻❄️シロクマ君に決定。ここから先は、撮影した順に並べていきます ♪♪♪





タカアシガニ

















東京海洋大学 "マリンサイエンスミュージアム" 建屋
隣に独立の建物があり、鯨の骨格を展示しています。

👆鯨のヒレなんだけど骨格を👀見るとスゴい👍
以上、魚類から爬虫類 (亀は爬虫類なのか!)、哺乳類まで、生き物だけでなく、海洋資源から漁業の技術、練習船の歴史まで、多様な展示がされていて素晴らしかったです♪♪♪

🟢緑の植物で、気分転換して締めへ。
お疲れさまでした。
今日で八月も終わり。明日からは九月。また新たな気持ちで頑張って参ります。

マリンサイエンスミュージアム1️⃣【ツアー行程編】
👆アデリーペンギン🐧👈今回撮影45shots のトップを飾る "代表の一枚" をこれ🐧にします!
✍️iPhone17撮影tour 事始め
▶︎ (初)撮影ノート (2026/8/31) 非出勤日の月曜午前中
撮影 : accurasal / Andy-e49er ▶︎はてなblog 掲載
行き先 : 東京海洋大学 品川キャンパスの中にあるマリンサイエンスミュージアム↙️🔗
https://www.s.kaiyodai.ac.jp/msm/#info
場所 品川区港南(品川駅港南口から徒歩10分)目的地は地図の真ん中・少し右上。横に伸びている運河の (上👆) =南側にキャンパスがあります。近い。

10時開場〜11時台まで見学。
(撮影メモ)
機材 : iPh17 Pro Max カメラ+Comitek Moca カメラグリップを初装着 🤳 👈 操作練習を兼ねた慣れ途上
🔹各駅停車・車両前面🚃東急大井町線


🔹急行入線、続けて、急行車両の前面🚃東急大井町線

▼港南口の動画、Instagramへ投稿 あり。
👉リンク▶︎Instagram
・品川区港南エリア JR改札を出て港南口へ向かう 図

・運河▶︎この先は『天王洲アイル』

運河にかかる橋から周囲を見渡すとこんな風景です。

駅から歩いて海側、南へ移動して運河に行き当たると、橋の向こうには公団住宅?その向こうが大学キャンパスと思われます。
品川👉港南側もこんな風に形の美しい建物が林立して、"運河のある都会🏙️の情景" が現出していました。

ちょう都バスが視野に入った。色がデザインが違う。
・(目的地) 東京海洋大学キャンパスに到着 (10時頃 )

看板が分かりやすい。他の国立大学とは趣が異なる。


この建屋は少し新しい感じでした。建屋の向こうはまた別のビル🏢タワーマンションらしい。場所がたぶんseaside なんでしょうね。
👆少しばかり色褪せてました...。
・こちらがマリンサイエンスミュージアム、その建屋

🫷内部陳列物の標本類多数、船舶等も▶︎パートII へ。そのリンク🔗はこちら👉マリンサイエンスミュージアム・Part II - ときおり人生ジャーナル by あきしお @accurasal
・東京海洋大学キャンパス・正門正面に松並木

マクロ撮影になっている?? いゃ違うね
花壇前にて自撮り🤳まずまず上手く撮れてます。

今回が私の初撮影 (小) ツアー。
iPh17 Pro Max カメラ+Comitek Moca カメラグリップ装着👈カメラグリップの操作盤 (取り外せばリモコン操作になる) に慣れるため、半日首都圏近場での "ご近所ツアー" で、自撮り。何ごとも練習、その途上🤳でござる。
正門横にあるキャンパスマップ↙️


キャンパスの正門前は広く、南国風の木🌲が大きな目印
これだけ見たら「ここ日本国内じゃない」と言われてわからないかも。帰路、埋め立て土地側から運河を見る。

・品川駅港南口正面

あまりに四角い🟥squareな建物形状でなんだか違和感。
以上、PART1️⃣の行程編でした。続けて、PART2️⃣はこちらからリンク🔗▶︎マリンサイエンスミュージアム・Part II - ときおり人生ジャーナル by あきしお @accurasal

8/28 (金)、古くからの友人が、先週あたりに🇹🇼台湾からの出張者対応で奮闘したあと、今夜、お疲れさん会的に、たぶん半年ぶりか1年ぶりくらいで食事。
彼が予約してくれた、神楽坂・広東料理『福全徳』。
『本格』広東料理とWebサイトに記載があるし、サイトに美味しそうな料理の数々..。ということで楽しみに😊
職場・六本木一丁目駅から南北線そのまま一本で飯田橋に向かってます。4時に終わってボチボチと。

#福全徳 https://fukuzentoku.jp.net/
✳️ ここ飯田橋で思い出すのは、今は廃業して建物もろともに無くなった名画座の映画館です🎬
" ギンレイホール "

年間会員11,000円!(税込) - 1人用シングルカードの場合 という格安で、"何度でも見放題のプラン" があったんです。それを知ったきっかけはなんだったのか忘れましたが、おそらくは何かで読んだか、SNSかでしょう。
時期としてコロナ前から発災直後の頃のことでした。仕事帰り月2回ほど足を伸ばし見に来ていました。2週間ごとに掛かる映像作品が2本とも入れ替わるため。
下記の紫色で広げた超小型パケット版パンフレットに、作品に印をつけていて、今見返すといくつかを思い出しました。↙️

◎ もっと前から知っていたらと思います。
鑑賞者はいずれも年齢的には上の方の人たち、中高年寄りですが、高齢者が半分くらいはいたかも。男女とも多くほとんどソロ来場。完全に "趣味" 世界、好きで観にくる人たちでしょう。
力尽きたか…。閉じたのはもう2年も3年も前だったか。コロナ禍の後だったでしょうか。
先だっても職場gourmet仲間の食事会で神楽坂先の🇫🇷フレンチに来た際、建物の場所を見に行って跡形なく更地になっていたのを見ました。
◉ 兵どもが夢の跡 : ツワモノどもが夢のあと ...でした。前回見た時より雑草が生えてました。
ちょっと切ない。哀しい。

👆ここでした。下に逆方向からの一枚あります。
👆この風景が駅近に見える、そんな飯田橋・大都会のすぐそこに、200坪以上もあろうかというこの空き地↙️
ふたつ上のPhotoと、これ。見る角度📐が異なるとこんなに見栄えが違う。そのことに衝撃

【初「神楽坂」】
✴️ 前々の会社でコンピュータハードとソフトウェアの事業部門 (ビジネスユニット) 企画本部勤務の頃、エンジニア系 Sさんが異動で職場に来られた時。だからたぶん2011年か〜、H女史(本部長代理)が幹事をしてくれた歓送迎会で、神楽坂 SHUNという料亭風のお店に食べに来たことを覚えています。いいお店でした。
✳️ それからボストン時代の友人の集まりで何度か来ていて、私が退職して公的機関に転じた2017年の春も。また一度人を接待したりも。
いわゆる『隠れ家』的ともよく評されますが、元花街。路地が入り組み、狭い石畳の道に古い日本家屋も残る。過去から古い日本の木造建物が密集、存続する。その一方、🇫🇷フレンチ個店で小型小ぶりの店もたくさんあります。
✳️ 長くなりました。ここから先は素晴らしい広東料理の数々を掲載します )^o^( !!
▼まず店構え、面構えからスタート (^^)

🫱友人は5時45分には着いていると聞いてた。なので5時20分過ぎには街に出て歩き始めた。気温まだ真夏日で幸い湿度は我慢できるレベル。今年の夏は☔️、特に各地で豪雨が多く、
(熊本地震、千葉県豪雨被害、お見舞い申し上げます)
都内近県も夕立ち的なものが多い。そのせいで気温は下がり比較的過ごしやすい。
✖️ ところが、神楽坂。路地が迷路のようだという知識が逆に先入観になって災い。地図アプリで一発で探し出せず。同じ路地を行ったり来たり馬鹿みたいに探し歩く。背中がじっとりと汗ばんで来ます。時刻も近づいて、少し💦る。
まぁ、怪我の功名で写真を撮る🤳こともできたので「よしっ」↙️

👆LUUP ならぬ、Lime 初めて見た

👆個店のショーウィンドーもお洒落。左下の光るモアイ像🗿!?
◎お店は実際には、神楽坂と軽子坂とを横につなぐ有名な『本多通り』に面していて、なんのこともなく、余計な路地に入らなければすぐ分かる場所です。アクセスの仕方を間違えた。
🔻
さて料理。コースではなく、à la carte。お酒のお供🥃にもちょうどいい。まずはこちらから👇前菜🫓盛り合わせ

蒸籠で蒸す飲茶オーダーが八種類くらいある。一人ワンオーダーeach. 2ヶ賞味。

黒酢で食べてみたり、の小籠包は割と普通でした。

左から黒酢、酢、醤油
次は湯葉を使った🦐海老春巻き。
👉一口目はソースや薬味なしで。揚げた湯葉ならではの濃いめの味!美味です。
そして
🔻本日の最高の一品。絶品でした😋!!『天使海老のガーリック蒸し (二尾)』 うまい!
この一品は本当に超・オススメです。
アルコール類かなり飲んだのでお腹も膨れ、締めには、炒め物がご飯と焼きそばがあるうちから、和牛の炒飯にしてみました。味付けが違って、牛肉のコク?を感じる深い味がしました。
最後に、杏仁豆腐 🫘豆から🫛全て料理人の手作りとのこと。味が違ってました。美味です。

ご馳走様でした。
✳️ 話を往路に戻します。
◉ 神楽坂エリアの空気感。店に来る際には、"神楽坂" の賑やかな坂ではなく、一本隣、平行の坂道『軽子坂』を登ってきました。この名前は今回標識で知った次第です。
こんな風にiPhoneでもカメラとして意識していれば、被写体はたくさん見つけられます。

両側に風情ある光景、見られます。△京都人には叱られるでしょうが、東京の者は古都『京都みたい!』と思ってしまいます。なぜって、こんなふうに、予想もしてないのにたまたま路地の奥手から和服の👘女性現れる。偶然の産物!
神楽坂らしい風情
◉
✴️ JR東で新宿方面へ帰る友人と別れた後、昔懐かしの反対側・JR東の鉄路と並行のエリアに足が向きました。
上で書いた名画座・ギンレイ (銀嶺?)ホールに来ていた頃は、よく下の写真・ "ラムラ" というメトロ駅直結型集合ビルの中で、時間潰し、調整していました。
ここ(ラムラ)にはチェーン寿司店にスーパー、🇻🇳ベトナム料理に独立系喫茶店、さらにはドトールやウェンディーズなど。本屋もあります。昔ながらの小型のモール街です♪
軽食を買ってテーブルと椅子のあるでさっと食べたりとか。お金をかけず、自由な時間を楽しんでいました。私には贅沢なことより、こういったお金のかからないひとりの気ままな行動が似合ってます。

👆『ラムラの外』…この方角の先でメトロ東西線とJR東の駅がつながります。撮影したこの場所。その真後ろが100mくらいの直線で戸外プロムナードになっています。そこを橋まで歩くとJR東・中央線の上を跨ぐ橋につながる。
そこから神楽坂方向へ降りて行き、通りの信号から "神楽坂" が始まる地理関係。↙️こちら : その集合ビルの正面入り口。(改めて今回初めて撮影)

この入り口は大通りに面してる。そのビル正面入り口には立派な銅像。台座に刻印された古書、古文書の説明あり。読めないけど。昔は武家屋敷か何かでしょうか。神田川という江戸時代の人口の水路と並行の土地なので、何かいわれや由緒があるのでしょう。
食後の腹ごしらえで駅まで坂を下って、友人と別れた後、ふと☕️珈琲を飲むか一瞬迷ったけど酔い覚ましには☕️でなく、ぶら歩き🚶♀️。一つにはぶらぶらすると写す被写体があるから、本能みたいなもの。懐かしい商業施設ビル・ラムラの1階と2階を少し歩き。昔、⏰時間潰しに使った本屋にも足が向きました。自分は本好きなんです。先日書評で知って借りて読んだ一色さゆりさん(藝大美術卒、美術系)デビュー作『神の値段』ミステリーがプロットが新しい手法で面白かった。
(だけど犯人は私が途中で予想した通りなのが少しばかり失望。また描写は前半の素晴らしさと比較すると後半と結論の下りが解説的すぎて、ミステリー小説としては構成が少々力不足の感は否めず、でした)
この次は、まだ読んだことのない美術や絵画を題材にした原田マハさんの作品でも読もうか…。

最後の一枚 : 福全徳の三階・階段脇しつらえ
階段脇にこんな箱庭。美しい。


帰路・有楽町線。飯田橋駅から永田町駅へ。
神楽坂と軽子坂。福全徳、そして飯田橋ラムラ。ギンレイホールと伝統の銀幕こそなくなってしまいましたが、この街で今一夜。よい記憶の棚卸しになりました。
こうして日々の平和の中、🇯🇵日本という国に生まれこうして無事で生きていること、心から感謝します。

👆見上げる『塔』は、"砂上の楼閣" かもしれない
少し前に、といっても今月ついこの前ですが、この国際政治経済界の堅めの話題▶︎『福音派』と『終末論』に想う - ときおり人生ジャーナル by あきしお @accurasal を書いた後、三つとも柔らか話題が続いたので、次の『食べ物』シリーズへ転じる前にもう一つ『政治話題』
✳️ 経済専攻でなく法律・政治系だった私...は、企業にいるうちはスタッフ部門。調達という対外取引直結の生産支援の業務からキャリアスタートしました。
キャリア後半に資材調達から離れ、事業ラインの中の企画本部メンバーとなり、経営管理・内部統制・コンプライアンス等を担当。生産と調達に近いBCP責任者も務めました。関連する (会計と業務の) 監査対応にも携わり、企業内の立ち位置、本人意識と業務知識ともに、内部管理をメインでやってきた人間です。
▶︎対外取引の "渉外" を国内外の企業取引現場で数多く経験した後、法務部や経理部には所属しない事業ラインの企画本部で契約法務・取引法務系のチェック✅会計や国際税務などコンプライアンスとして内部管理しなければならないところをさまざま対応して心得たと思います。
資材取引の中、その業界を知る、ミクロとして個別企業の企業分析をするなどにより、付き合う業界とその調達対象品目に詳しくはなりました。そんな訳で、マクロ経済のダイナミズムより身近な取引にフォーカスしてきました。従って金融や資産運用はシロウトです。
✴️ 企業定年退職の流れで退職金や企業年金を受け取ることがあり、その維持運用や "資産管理" ニーズが当然発生します。また退社するので従業員持株会からは当然に退会し、個人株主です。加えて相続時点前後から興味・関心は "経済と金融" にシフトしたのは自然の流れ。いまだ普通一般の平均的庶民ですが、「経世済民(けいせいざいみん)」今後の生活を考え無関心でいられません。
👉特に日本全体の社会風潮、そして自分も過去そうだった "貯蓄主体" の資産維持がかなり変わって来ています。
✳️ まず退職一時金の所得税免税を受け、そのお金の行き先と資金運用からのスタート。そうした資金運用から始まり、海外生活時に残った米ドルで外貨 (為替) の関わり。企業の社債や、普通株への個別株投資といったところへ少額ながらも進む。今日本には、idecoやNISAなど税制優遇ある金融投資の方法が増えました。個人として当然無関心でいられません。
▶︎金融資産運用は、生活の必須知識として変わり、ある意味では『生活必需の知識』になります。ノウハウの有無が人生の豊かさに直結する。厚生年金の将来持続性の懸念話題がニュースで取り上げられることなどから、年齢に関係なくおしなべて誰もが金融知識が必要になったと思います。上の世代では、個人生活と私有財産が「老後」の生活に直結します。そこで、
◉ この分野に明確に意識を持ち、シフトし始めているところ。2、3年前からテレ東、日本経済新聞や各種経済系雑誌など、折に触れて視野に入るよう意識してます。著名なエコノミストの為替解説の著書もKindleで読んだりも。具体的には、毎朝日経新聞、テレ東の朝晩の経済金融系番組などをよく見るようになりました。
十分な理解と本人の知識定着に至るにはまだまだです。基礎的な経済メカニズムのベーシックな理解からの基礎が足りない。意識して情報に触れる形の勉強をしている所で、反復して頭に入れていくことかと。それでようやく日米経済、そのリンクのメカニズムなど金融情勢と理屈が理解でき始めてきている感覚です。
前置きがどんどん拡大して話が大きくなりすぎました。
そのような中、この話⤵️
⚠️危機感あり。懸念される issue ! !
(『40兆ドルの重力から一部抜粋・引用、要約)日経新聞から⤵️
歴史家のニーアル・ファーガソンは、利払いが国防費を上回った時期を大国衰退の1つの目安として指摘してきました。
- 18世紀のフランス🇫🇷
- 19世紀のスペイン🇪🇸
- 20世紀の英国🇬🇧
どの国も国の債務の利払いが、軍事力の維持を圧迫し始めた時点から、国家として "覇権" のコストを払いきれなくなっていったというのですね。
それを「ファーガソンの法則」と呼ぶそうです。
米国🇺🇸の現状はご案内の通り、昨年のトランプ関税などにより貿易赤字解消に躍起になっています。つい先日はベッセント財務長官がこの下記の手を打ちました。
そんなわけで「ファーガソンの法則」が完全に当てはまるかは今後の歴史の評価次第であり、今のところも議論の余地があるとして。それでもどうも遠くなく、まったく無関係でもないことは、私にも分かります。
少なくとも米国の政策当局者がこの比較を強く意識し始めていることは確かです。
出所 : 40兆ドルの重力 米国債務が動かす世界の金利と円相場|宮野宏樹 @hiroki_miyano27 https://note.com/hirokimiyano/n/n0281f4809a96
✴️ 上の話には,翌日なのか二日後か、リアクションが起きているようで、ベッセント氏の奇策は長続きせず、また変化が起きているようです。反作用が起きれば、施策の持続性は毀損されます。
👉私の目指すところは、このような次に何が起きるか、何を気にするべきかという、"市場経済の理解" を深めることになるでしょう。
❎ 経済、なかんずく「金融市場」にはhedge fundのような機関もあり、機関投資家の打ち手も日々さまざまな活動があるわけでしょう。一定の経済理論や統計データからの『読み』から、機関投資家の投資判断と打ち手など。複数のプレーヤーがアナリストやエコノミストを抱え鵜の目鷹の目で時々刻々と金融市場をウォッチ。その打ち手は複雑に絡み、とても高度で、マクロの動きはまさに生き物のようです。それを考えて自分なりに「分かる」ようになりたい。それが今の私の『夢』です。
August 25, Monday,2026.
会話が楽しい。職場のクロスオーバー会食。
主にヨーロッパ (E)、ミドルイースト (ME)、アフリカ (A) 中心に様々な駐在経験者の話と、今回はその人数の多さにわれわれ自身も驚いた "鉄道マニアたち" (^^)🚃
🫱"EMEA" and Fan of Railroad, Railway 🚃 & Trains.
Instagramへのリンク🔗はこちらから▶︎https://www.instagram.com/p/Dcf0zFtmnsc/?igsi=YXdkYnd2YWwzbGhu
👇今回のコース料理 全品、+飲み放題付き

👆4人分大皿でサーブ。取り分けると👇
インドネシア🇮🇩風の春巻き
サテ、ピーナッツ🥜味
チキン
ビーフ。なんというか味はこの一皿が最高
焼きそばは、中華風と人はいう…(^^) ;
チャーハン (炒飯) 🫲これも美味
以上の七品でした。
締めのデザートは、揚げバナナでした。私は初めて!
ノミホ付きなので、ラストオーダーは乱れ飛び?しましたが、私はおとなしく、暖かいお茶🍵を頼みました。ジャスミンティーです。
民族、民俗を垣間見る・知る interior。エキゾチック。


店の入り口
昔はこの手の『ランチメニュー』がなかったと思うが、思い違いか?一度、ソロ・ランチのチャンスだと見に来たがランチで千円程度の表示が見当たらなかったので、入店しませんでした。その記憶があります。
二階は、別の店が既に撤退しており、ガラーンとしてますが、逆に静かでよい。
👆追憶 (?)
だいぶ前にも同じ場所・違う店の前で🤳自撮りした記憶が... あれは、多分3階の健康中華『清蓮』せいれん・で、卒業される先輩アドバイザーの送別会をやった。2017年3月末、もしくは2019年だったか!? と思う。

◉ 初転職して、この地 (六本木一丁目 / 赤坂) に来たあの「2017年3月」から早や年度として "十年度目" に当たります。途中、赤坂Bizタワーに入居してた外資R社に短期間転じていました。けれど仕事はその時も含めて一貫して貿易アドバイザーとして、貿易実務とFTA/EPAという関税に関わる系統。一つ目の会社を定年退職し、希望する貿易アドバイザーになり、自分で書くのもおこがましいですが、大ベテランになりました。
後進への引き継ぎを念頭に、今年度が最後、と心に置いています。
8/28↓


◎ 上の一枚は、2019/8/14 撮影したもの (筆者)
👆これは手持ち撮影 iPhoneで。みなとみらい
撮り鉄もどき、撮影練習の成果 (?) 掲載
🚃横浜市営地下鉄。吉野町駅にて撮影 ⤵️

8/22 (土) 横浜市内を動く。目的地は『鴨居』
以前勤めていた会社の同期による "生存確認の会" 半年毎。(^^)
⏰時間的に好都合なので、ひと月半経ち伸びた髪を切る
👉92年春から97年3月まで、南区の南太田から次、蒔田に住んだ。その頃から常連。
🫷たまたま二、三週間前に神奈川音楽堂でクラシック🎵コンサートに来てた。
◎当時は、蒔田〜桜木町駅乗り換え、京浜東北・根岸線で田町まで通った。95年のある朝、田町駅で警官が👮♀️警官がいて、出社してから霞ヶ関駅他での化学兵器テロ事件発生を知った。
小机を出ると、鉄路両側にこもりとした小山が増える

鴨居駅改札口を出た所の付近の地図
改札を出て右方向・南側、鶴見川方向に出る。

"鶴見川" を渡る▶︎
この橋はアクセス道路から高くなっておりご覧の通り階段で上がる。改めて見るとかなりの高低差だ。

80年代初頭の頃、ここは「スロープ」。短い坂道だった。
とある雪の日❄️朝、通勤時間帯にここで凍結して転倒する人がいた。普通の靴底では無理。
ツルツルに凍結している坂だから多くの人はまともに登れない。
通勤途上の労働災害もあり得た (!?) とは…。
それも遠い日の思い出話になりました。

👆下流方向を望む。今日もにわか雨☔️予報あり。遠くに雨雲があり☁️雲が増えてきた☁️...
✳️ 橋の向こう側は昔も今も階段。降りると、両側にすぐに建物があり、4メートル程の細い道はすぐT字に行き当たる。右方向へ進み、もう一つのT字路を今度は左方向へ。方向としての先、北へ直進していく。こんな風景⤵️

◉ この道、両側は橋のすぐ近くには店がいろいろある。不揃いの林檎?梨?柿みたい。この先は両側に小型マンションだったり、右手に昔からある車の修理工場。あるいは倉庫も。
200,300mくらい先、突き当たりが目的地。そこは片側一車線。港北インターから続いている産業道路。辺りは紛うことなき準工業地帯。
この道を毎朝直進して会社に通ったものだ。それが入社から6年間、85年まで。両側の建物は当時からほとんど変わりない。
空はもう少し、ららぽーとに着くまでは持ってほしい、☁️☁️...と思ったのも束の間。パラパラと小粒が落ち始めた。☔小型の傘を開く。写真は🤳撮れなくなった。

内部を少し撮影。この20年程で、日本各地にはこうした "モール"、それも大型のものが急速に増えた。アメリカ型の商業施設、ディストリビューションセンターなどが増えて、店舗も個人商店が減り、シャッター街が増えた。その一方で、同じ経営資本のチェーン店が各地に展開。ショッピングモールはどこも似て、同じ構成、似通った機能。屋内3階まで吹き抜けるスタイルの商業施設へと変わった。金太郎飴の世界。

✳️ 今夜、鴨居駅至近『鳥忠』。鴨居に配属され勤務する前から、その後今に至るまでずっと続く居酒屋。ここで七時から横浜時代、S55年入社同期の🍺飲み会だ。
気づくと、5時54分。すぐ移動。
✖️ 到着した五時過ぎから外は大雨に変わって、豪雨まがいが続いている。鴨居駅までの徒歩は傘があっても、小型の折りたたみでは服もスニーカーも👟ずぶ濡れは間違い無し。先ほどまであれこれ調べていた横浜市営バスに乗って、横浜線で隣の中山駅へ向かうことにした。
◉ ここから先は、撮影済みをアップ。
👇横浜線中山駅に上り電車が入って来た
鴨居で下車👇
雨のせいなのかしばらく停車してた
横浜線東神奈川行き
飲み会の料理一部



この店、座敷へ靴を袋に入れて持っていく方式
飲み会途中、スマホに港北区の大雨警報が出ました。横浜線が6時台ですでに雨のために遅れが生じていたから、最悪止まったら困るな、など話していた。会は2時間半制で、店を出た時に、幸い雨が止んでいた。
▼4人で同じ方面に向かう、横浜線・(終点) 八王子行きが鴨居駅に入線して来た
乗り換えの長津田駅。こどもの国線ホーム

長津田駅にこどもの国線が入線

帰宅方向に乗車
到着

Snapshotの練習。
この日は、ジム近くのいつものスーパーで少し食料品の買い物をし、帰宅。