(SNSでのリアクションから転載)[ わたし ]
ありがとうございます。
含蓄あるおはなしです。考えさせられますね。
やはり「いつか」はいつでもない、もしかしたら、で終わりそうな不確かなもの。
経営や人材開発などにおける前向きなマネジメントの世界だと、”いついつまでに何を必ずやる” みたいなプレッシャーある世界観。それとは真逆・正反対の、いい意味での人生の”儚さ” 文学的文脈でのこと。
夢に時間軸を、は難しい面があって。
かくいう私にも”いつか○○” が今ありますが、やるのかやらないのか、なかなか踏ん切りがつきません。でもまぁ生きるとはそういう曖昧な迷い、戸惑いの “生” なのかもしれません。
[ 元の投稿内容 ]…一部編集しています。
Threads @k… さんのポスト📮「いつか」って言葉は希望を秘めている。
でも、この言葉は叶う確率がかなり低い。なぜならば、行動に移す日が明確ではないから。
大好きな祖母が亡くなる前に、
「いつか、いつか、と言っていたけれど
いつかは来なかったわぁ」と……気持ちを持ったまま亡くなった。
「死んだら魂は千里を超えるというから
Kちゃんに会いに……に行けるわね」と
言っていたのを今でも思い出す。だから私は、「いつか」という言葉を
使わないで生きることを心に決めている。
🤳写真は4/21(月)訪問した東京都西部の美大で
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先だってこんなトライアルをしてみた。結果を短期でみると "的外れ" だったかもしれない。果たしてそれは 残念な浅はかな⁈もの だったか。何かを得られもせず、新たなものごとが産まれ得ない。でも備忘として書き付けておく。
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4月が始まる前に、聞いてみたい。
👇その結果は…
一日たった朝、アクセス件数32件だけど回答ゼロ▶︎この後SNSから投稿は削除した。
- 回答してほしい相手となりうる人がそれを見てくれなければ意味がないわけで。
- まずはしかるべき相手に届くかの初歩レベル。SNSも使いようと再確認した。
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「いつか」何かをやるって言葉は希望と期待感を秘めている。でも単にそう願うだけでは叶う確率は低い。実質的な意味や効果がないだろう。もっとしっかり考えていこう、を再確認
▼▼あと、こんなことも考えている。
螺旋階段を登る社会 | 田坂広志公式サイト
螺旋階段を登る社会 | 田坂広志公式サイト
#螺旋階段 を登るように歴史は繰り返すが未来へと進んでいる。実際私は前々から同じことを考えていた。人の成長も #スパイラル にスキルの梯子を登っていく。そういうイメージで私は捉えています。
「いつか同じことを見た・やった記憶がある」それをデジャブともいうけれど、螺旋階段を登るようである。
- 上から見たときには円周上で同じ場所、同じ様子、同じことをなぞっている。
- 横から見たら、以前よりは1段も2段も高い位置に🪜登っている。
しかも、円周はその半径の大きさを次第に膨らませ、上へと登るほど円は大きく広がっていく。逆円錐形の外周表面をなぞりながら上へと渦巻きのような線を描くとイメージしやすい。
そんな風にスパイラルに人は成長していく。
「いつか」はいつでもない、しかし明日へと続けていくと円は拡がり、縁も広がる。
期限を決めること、決めないこと、その両方をバランスよく、それぞれの生き方に合わせてやっていけばよいのではあるまいか。