この書は、これから世界を主導するかもしれないテクノロジーの天才たちと、彼らが信じる政治主張 ( libertarianism ) について過去から現在へと具体的に解いている。その分析や解説の実例▶︎もっとも分かりやすい、今起きている現実の米国大統領選挙との関係性と現下の状況を報道している日経新聞記事を末尾掲載。
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「テクノ・リバタリアン」橘 玲 著・文春新書
( 副題 ) 世界を変える唯一の思想 [ 文藝春秋 ]
読み始めた。著者のファーストネーム 玲 はあきらと読むのだそうだ。奥付にはこうある。
1959年生まれ。作家。2002年、国際金融小説「マネーロンダリング」でデビュー。同年刊行され、「新世紀の資本論」と表された「お金持ちになれる黄金の羽根の広い方」が30万部を超えるベストセラーに。2006年、「永遠の旅行者」が第19回山本周五郎賞候補作となる。(以降割愛)
この本は副題にある通り、新たなテクノ思想の解説らしいが、むしろ冒頭に掲げる本の写真にあるように、"テクノロジーの天才で大金持ちが渇望する(政治的な)(社会の) 究極の自由主義" (⁈⁇⁈) ということがそのテーマなのだろうか。
本の表紙カバーをめくるとその裏にこうある▼
テクノ・リバタリアン
世界を変える唯一の思想高い数学的能力を持つギフテッドがひしめくシリコンバレー。
とてつもない富を手にしたとてつもなく賢いIT成功者たちは、「究極の自由」を求めて、既存の民主主義を超越する新たな政治思想を模索している。
彼らはいかに世界を変えるのか?
最先端テクノロジーに裏付けられた最先端思想の全貌を徹底解説!
ともあれ、はじまりは、
- はじめに 世界を数学的に把握する者たち
- Part 0 4つの政治思想を30分で理解する
というところから始まる。(本書目次からの引用)
以上2つがいわゆる「序章」だということになると思うが、もう少し要約をしてみよう ;
著書では図示説明がなされているが、
◉「リベラル」つまりリベラリズムが公正(平等)を重んじるスタイルや主義主張であること。またそれが極端に走ると「極左」になる。
◉「保守」が忠誠、権威、神聖などの道徳規範を重んじる "共同体主義" であること(いわゆる右派)やそれが極端に走ると「極右」(最近のバズワード的にいえば、"ネトウヨ" ) となる。
そして、
◉「リバタリアン」や「リバタリアニズム」はなによりも自由を最大の規範とする。
人は自由に生きるのが素晴らしい
- これに対して、リベラリズムは若干の修正を加える。
ひとは自由に生きるのが素晴らしい。しかし平等も大事だ
ひとは自由に生きるのが素晴らしい。しかし伝統も大事だ
- 自由主義に対抗する思想として「共同体主義(コミュニタリアニズム Communitarianism 」があるが、それとても「自由」の価値を否定するわけではない。彼らは言う。
さらに、◉「功利主義」(者) が存在している。
▶︎自由を追求するリバタリアニズムの中に功利主義を徹底する一派が、テクノロジーの力によって社会を最適化しようとする。その立場を「総督府功利主義」と著者は名付ける。
また原理主義的リバタリアンは、デモクラシー(民衆の正義)が自由の価値を毀損すると考えれば、民主政治を捨て去ろうとするはずだと考え、暗号(クリプト)によって国家の規制のない社会を作ろうとする立場をとり、その主義主張を
◉「クリプト・アナキズム」と呼ぶ。
この "クリプトアナキズムと総督府功利主義が一性双生児のような関係にあることを頭に入れておいてほしい" と著者は語る。
いったい何をもたらすというのか?
以下はその引用である :
経済格差の拡大をネオリベ(新自由主義)が引き起こしたと批判する人たちがたくさんいるが、これは因果関係を間違えている。
単なる政治思想に市場経済を動かすようなちからがあるはずがない。そうではなくて、高度化する知識社会をもっともうまく説明できるからこそ、「役に立つ思想」としてネオリベが選ばれたのだ。
そう考えれば、生成AI、遺伝子編集、ブロックチェーンなどSFのようなテクノロジーが次々と現れる今、なぜテクノ・リバタリアニズムが大きな影響力を持つになったかわかるだろう。それは何かの「陰謀」ではなく、時代の必然なのだ。これでようやく準備が整った。それでは、テクノ・リバタリアンを象徴する2人の人物(X-MEN)から本編を始めることにしよう。
こんな感じで次の Part 1 でイーロン・マスクともうひとりについての話が始まる。
なお「ベイズの定理」という、"ある状況が変化した時、確率がどのように更新されるかを表している公式・数式の話" が出てくる。この話の延長として "高い数学的能力を持つギフテッド" と言う話につながるのだが…
(中略) ごく自然にベイズの数式を呼び出し、それに数字をあてはめて計算し、どのように判断・行動するかを決めるひとがいる。それが「世界を数学的に把握する者たち」であり、本書の主人公である「テクノ・リバタリアン」だ。
リバタリアンは「自由原理主義者」のことで、道徳的・政治的価値の中で自由をもっとも重要だと考える。その中で極めて高い論理数学的知能を持つのがテクノ・リバタリアンで、現代におけるその代表がイーロン・マスクとピーター・ティールだ。
…ということで、ここから先は、この二人のX-MENの話になるらしい。
👉これら主義主張の違いの話、冒頭からの走りがにわかにはなんとも難しい内容なのだが。
これからの若い人たちはこの「道徳的・政治的価値の中で自由をもっとも重要だと考える」テクノロジー至高のスタイルや行動パターンを知らずして、今後の創造的ビジネスやテクノロジー開発、とくに新奇的価値創造型の研究開発 ( イノベーション ) を産み出してはいけないかもしれない。その点で本書は重要な価値を持つ。
さて、Part 1 マスクとティール を読み進めたら、簡単に序章と話がつながり、意味がよくわかってきた。
2000年公開のハリウッド映画「X-MEN」。そしてイーロン・マスクとピーター・ティールがそれぞれ別個に立ち上げていた DX系金融決済事業 のベンチャー企業を (経緯をすっ飛ばしていえば) 株式比率50対50で合併し、社名を X.com、サービス名を PayPal にして、マスクがCEOに就いた…というところから話が始まる。突如、具体的でわかりやすい身近な ものがたり風になってきた。先が楽しみである。
(10/21 追加)
本の内容はさておき、ギフテッド(天才) がテクノロジーを基にしてイノベーティブな事業を興していくこと自体は、世の中のためになるならたいへん素晴らしい。
ところが、そこで得た巨万の富を自分たちが欲する "究極の自由主義" の考えの下、社会の法や秩序に一切とらわれず己の判断のまま行動したら一体どうなってしまうか。懸念すべき憂慮される現実の事態がいま起きている。これだ👇
マスク氏、激戦州で毎日1人に100万ドル トランプ氏支援狙いに批判も | ロイター報道
記事へのリンクはこちらをクリック▶︎マスク氏、激戦州で毎日1人に100万ドル トランプ氏支援狙いに批判も | ロイター
(追記 : これについて米国の司法省がイーロン・マスクに警告書を送付したことが報じられた)
"テクノロジーの天才で大金持ちが渇望する(政治的な)(社会の) 究極の自由主義"なる思想で、とてつもない富を持つ者が、
- 道徳的・政治的価値の中で自由をもっとも重要だと考える。つまり、
- 自分の実現したいことを道徳的・政治的価値を無視・超越して追求する…それが自由主義である
世の中のメジャーなる倫理観や道徳的な価値よりも、まず自分の信じる功利的な自由の方を重んじるわけだ。それが行動を規定する。
なるほど、天才イーロン・マスクは、トランプ候補を大統領に押し上げる。その上で、X-MEN的な、また映画アイアンマンのモデルにもなったという自身の目標 : 火星へ人類を送り込む : という彼の夢を目指したいかのように思えてきた。その型破りな自由追求型のやり口で、規制改革などあらゆる手を使うだろう。巨万の富を使い、カネの力で「何か」をより早期に実現したいのかもしれない。
彼がマグニートではないことを祈るばかりだ🤞
✴️ カネを使って自由の名の下に社会を意のまま思いのままにドライブしてしまう。その富のレベルはすでに莫大だ。👉これまで世界が積み上げた法の支配のベース。そこにある社会規範や伝統など、よい意味での保守主義の現状世界はあっという間に打ち破られる。
社会の公平さなど無視した「自由」の信念により「カネの"ちから" でなんでも思い通りにする」。その行動が大統領選挙でのこの支援方法に如実に現れている。そんな先に、激しく醜い世界の堕落は訪れはしないだろうか。(本人はそんなことは全く眼中にないだろう)
✴️ こうしてアメリカ合衆国という、素晴らしくも自由と機会平等のチャンピオンであった自由民主主義の"実験国家" と "パクスアメリカーナ" はこの先一体どこへ向かっていくだろう。
▶︎冒頭からの続き : 2024/10/26 (土) 追加記載
出所 : 日本経済新聞 同日朝刊五面から
マスク氏、トランプ氏と危うい接近
米大統領選、政権入り自ら提案 利益誘導の懸念
2024年10月26日 2:00 [会員限定記事] 全文掲載【シリコンバレー=山田遼太郎】米起業家のイーロン・マスク氏が11月の米大統領選で共和党候補のトランプ前大統領を後押ししている。トランプ氏と組んで規制緩和を進めるのが狙いで、政権入りも視野に入れる。ルールを軽視する一面があるマスク氏が影響力を増し、自らに利益誘導を図れば産業政策の公平性が揺らぐ。
「これは米国と西洋文明の運命を決める選挙だ」。マスク氏は17日、激戦州の一つ東部ペンシルベニアで語った。有権者登録を急ぐよう聴衆に呼びかけると、締め切りの21日まで同州に張り付いて連日、住民の質問に答える対話集会を開いた。
企業経営者が自ら遊説して回るだけでも異例だ。さらに、設立したスーパーPAC(政治活動委員会)を通じ、言論の自由と銃所持の権利への支持を表明した激戦州の有権者を毎日無作為に1人選び、100万ドル(約1億5000万円)を配ると発表した。
票の買収とも映り、米司法省はさっそく連邦法に違反している可能性があると警告。マスク氏はこのスーパーPACに7~9月の3カ月で7500万ドルを献金している。
2022年に買収したX(旧ツイッター)でも2億人のフォロワーに向け、トランプ氏支持と民主党批判の投稿を絶え間なく続ける。
自身の資金力、知名度をフル活用し、トランプ氏の勝利に賭けている。「彼(トランプ氏)が負けたら私は終わりだ」と話すほどだ。
マスク氏自身は、トランプ氏を支援する大きな理由は規制緩和だと説明する。「米国は無数の小さな糸で縛り付けられた巨人だ。トランプ氏なら束縛を断ち切ることができる」と集会で強調した。
航空当局が海洋生物への影響に懸念を示し、スペースXのロケット打ち上げが遅れた例を挙げ、規制が増えれば「人類の火星到達は不可能になる」と主張。マスク氏は企業活動や新技術の開発を後押しする「賢明な規制」が必要だと訴える。
政権入りまで自ら提案した。トランプ氏はマスク氏を「政府効率化委員会」のトップに据えると表明した。実現すれば政府支出を削減する過程で、当局の権限を減らし、規制緩和を進めるとの見方がある。
ルールづくりへの関与を通じ、自らに利益誘導を図るのではないかという懸念は拭えない。恩恵を受ける筆頭がスペースXだ。政府との取引が多く、ロケット打ち上げ頻度の増加や、衛星通信「スターリンク」の受注につなげられる。
本来、マスク氏が率いる企業は当局の監督を受ける立場だ。テスラは電気自動車(EV)の運転支援機能の事故などで政府の調査を受ける。自動運転の展開にも州や連邦当局の承認が必要だ。
およそ6兆円を投じたXの買収を巡っても米証券取引委員会(SEC)が調べている。
もともと同氏にはルールを軽視する一面がある。自らの意に反したり、事業の妨げとなったりする法律や規則に対し、訴訟などを通じて抵抗してきた。罰金や弁護士費用の負担を苦にしない資金力があり、当局や裁判所の命令に従わないことさえある。
直近ではXのアカウント制限を巡りブラジルの最高裁判事の命令に反発した。
歯止めが利かないマスク氏に対し、欧州連合(EU)はXが規制を順守していないと判断した場合、同氏が経営する企業の売上高合算に基づき罰金額を決める強硬措置まで検討していると報じられている。
そのマスク氏が当局の予算に影響力を持てば、同氏や各社への監視が緩みかねない。
△ポイントと思われる箇所、ゴシック体はblog筆者による。