ときおり人生ジャーナル by あきしお ⁦‪@accurasal‬⁩

内外について個人の思いを綴る雑記帳です|andy-e49er | Twitter@Accurasal

セレンディビティを育むカルチャー

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#Deloitte #デロイトトーマツ コンサルティングの ”Lead the Way Forum”「パワー・オブ・チェンジ 未来を築く経営の新『定石』」から 

セレンディビティを育むカルチャー
🌟serendipity : 18世紀イギリスの小説家ホレス.ウォルポールによる造語。「幸運な偶然の発見」を意味する言葉。

それが最近になって、創造性、イノベーションと密接につながった言葉として使われるようになってきている。点と点をつなぎ、偶然からより多くの価値を生み出して活用する行動様式といった意味合いで、予想外の事態に対処する能力を高めると言う文脈でも使われる。

「具体的には、偶然に思いがけない幸運な発見をする能力、またはその能力を行使することであり、この能力によって、失敗した実験の結果から予想外の有用なデータや知識を得たり、検索結果を点検しているときにノイズの中から偶然に当初の目的とは異なる価値のある情報を発見したりする偶然が起きる

ただし全てが偶然や幸運に依存するのではなく有用なデータ、情報に気付くために基盤となる ファンダメンタルな能力を磨き続ける必要がある」(出典 :『セレンディピティー 点をつなぐ力』クリスチャン・ブッシュ  東洋経済新報社2022)

テクノロジー領域。特に研究者が何かを研究し、実験でデータを得ようと努力しているときこのセレンディピティは起きるのであろう。
その意味での『イノベーション』は文脈としてはやはり技術系。テクノロジー・エンジニアリング・サイエンス分野で起こりうることになる。
👉『イノベーション』は何も理系つまり科学技術系に限らず、ものごとの仕組み自体という社会的な分野、つまり文系でもあるものだとされる。けれどもこと セレンディビティ になると、やはり理系がゲットできること、になるのだろう。

話の筋はガラリと変わるが、映画や何か『観たもの』により考え方が変わったり、改まることは多いだろう。それをひとは "きっかけ" と呼ぶ。好機だったり、チャンスメイクになるかどうかは、受け手の受け止め方次第だろう。

『自分らしさを大切にすると言うことは、多様性施策の原点と言っていい。その際、不平等を再生産する社会構造をそのままにしないことに注意を払いたい。」

映画「バービー」を見たアーティスト、スプツニ子!氏の所感から抜粋。出所『多様性 私の視点』日本経済新聞2023/8/27 25面 ダイバーシティ欄から

"バービー"の映画と"オッペンハイマー"の原爆に関する映像作品のイメージ結び付けと、不用意なSNS投稿の誤りにより、大型の炎上を発生させたアメリカ映画界やオモチャ会社マテルの行状は、ついこの間だった。

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日本は8月になると当時のアメリカ大統領の決断と実行部隊米軍による、ヒロシマナガサキへのおぞましい "戦争犯罪である原爆投下" とその被害民間人の虐殺は、今のロシアによるウクライナ侵略戦争と何も違わないのだが、日本は敗戦後のアメリカによる民主主義社会の徹底構築である意味の『洗脳』を受けたまま今日に至っているだろう。誰もそうは言わないが)や、8月15日終戦記念日(実質的には "敗戦日" と言わねばなるまい…)が近づくと、ニッポン世論は敏感になり、様々なハレーションが起こる。

 社会で活動する場合は、その人は、カレンダー(つまりは歴史、過去の出来事の集積)と にらめっこをして、社会環境やその世論の動向、はたまた国民性までに対し、常に敏感でなければならない。それをこの問題発生や炎上案件は鋭く示唆してくれる。

 スプツニ子!氏の感想を借りて組み立て直すとこうなる👇

多様さは人間らしさの原点だからとても大切で、多様性とは自分らしさを一人ひとりが大切にできるバイアスのない社会だということ。自分らしさがあまた存在している社会こそ多様性(施策)の結果であり原点だ。だから不平等を再生産するような社会構造は排除しないといけない。

✖️専制国家や独裁者のいる世界は、人間性の発揮や発露たる『セレンディピティ』などあり得ない世界に違いない。統制が全てを支配する。

💮セレンディピティを産むことが出来る自由な世界は、多様性そして個の創造性に満ちている。不平等や差別はなく創造性の発揮が容易だし、そもそも自然にそれが出来て当たり前の社会や世界に違いない。

▶︎われわれ人類が目指し築くべきは、そのような家庭、家族関係、コミュニティ、社会、国家、そして世界と、この地球の文明なのだ。

【番外編】もう一つのセレンディピティ

【夏休みが終わるアメリカ】
facebookでは米国時代の仕事仲間たちをフォローしています。彼方の国ではみなさん家族の様子を完全顔出し写真で日本とは使い方が明らかに異なります。

・Boston時代のマネジャー仲間、年上のマークはいつもお孫さんの動静。今回は8/30から3年生。スクールバス乗車前とか、ジジババのスリーショットも。

・直属部下ヴァンの息子さんは、陸上競技選手、走りの場面が多く、同じ日に10年生(高校一年)、いずれも初日の顔出し写真。奥さんも度々顔出し。

サクラメント時代のハンスは大手術前後の様子や家族キャンプやマリンスポーツをたびたびアップ。奥さんや娘さんが全員出て来ます。
・他にはベトナムベテランの同期会?なども見れます。

使ってる人は完全プライベート見せ。使ってない人は何も出てこない(消息不明)、これは当然か。

日本とはSNSの使い方でかなり様子が違っていますが、掲載しているみんな元気でやってるね。よかった。

🌟家族の愛を中心に全てのものごとが回っているキリスト教社会。彼らの生き方と人生の楽しみ方・あり方は、明らかに日本(儒教や仏教的)とは異なっていて。セレンディピティという発想も何かそこ文化風習や考え方の違いから産まれ出たのかなと、思わせてくれました。

次に、アメリカとは対極にある国▶︎

「愚か者、中国を行く」 読書感想文です。
はてブ読み返すとなかなか面白く書いてる。

阿片戦争で香港を奪って清朝侵略の口火を切った🇬🇧。仏領インドシナから北上してきた🇫🇷。華北地方に触手を伸ばした🇩🇪。「偽満州国」を作り各地を執拗に攻撃し続けた🇯🇵、それに🇺🇸は…。

「愚か者、中国を行く」 - Andyの雑記帳blog (andy-e49er) ⁦‪@Accurasal‬⁩