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『ポール・ヴァレリーの遺言』保苅瑞穂


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昨日、個人会員になっている日本関税協会主催 EPA関係ウェビナーを聴いて、特に最後のQ&Aで自ら書きつけた個人メモとそのノウハウもの、原稿あり…

たまには真剣に自分の専門=貿易、国際取引やコスト(関税削減)の話 (EPA / e-CO) を『認定貿易アドバイザー』の立場でこの個人ブログで公開しようかとは思った。

それでその前提である程度きれいに文をまとめ直した。

▶︎けれどもいま勤務する某公的団体での立場や役割、そして就業規則でのSNS投稿の注意など、気になる縛りがある。

決してそれに反する行動ではない。問題はないと本人は思えるもののここは慎重に考えて、SNSによる公開はまだ控えておくことにしました。

代わりに全く仕事とは関係のないこれを👇

 最近は新聞の文芸欄ほか、新刊書の書評を挙げる文章を参考にして読む本を決めたりしていることが多い。

 この一冊 ; 『ポール・ヴァレリーの遺言』著者はフランス文学者・保苅瑞穂 (集英社 2022/7/10 第一刷発行) 1. パリが教えてくれたこと、などから始まる第1章は紀行文的私小説かと思えるが。なぜこの本を次に選んだのか。

 それは内容に惹かれたからに他ならないのだが。まず予約してから手元に来るまでの時間が長く、もはや本人ですら理由を語れない。まぁ読みながら思い返そうとしているが…。それもまた一興だと考えるだけの余裕が出てきたのは、やはり "齢(よわい)のせい" であり、ひとつの "年の功" なのだと思う。

  • この一冊、その発行と同じ日に偶然にも著者はパリにて逝去した。この不思議に気付いて更に内容が気になってきた
  • 大学教授の職を辞して、古希近くになり著者は再び若い頃に留学したパリに生活する場として戻ってきた。そして思索にふける
  • ヴァレリーは20世紀芸術をどう見ていたか』▶︎第7章は藝術論

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さて紹介されているあのヘミングウェイではなくとも、このパリに対する印象や感覚は私にも肌感覚でよく分かる。

少し高いところに登ってこの「花の都」を眺めると、たしかにその幾何学的に整った美しさに息を呑んだこともたびたびだった。

パリはわずかに2回、それも会社勤務の後年に短期間業務出張のため仕事で訪れたに過ぎない。キャリアの中でほぼ三分の一弱を占める長いアメリカ勤務生活に比べると、フランスやイギリスなどヨーロッパの国々は、仕事の出張で余裕なく1日とか、せいぜいが2泊程度でしか訪れていない。そうであっても何かしら強く"惹きつける"魅力に満ちていたこと。

その感覚はよく覚えている。

  • パリの街で再び生活することにした著者・保苅瑞穂氏はその仕事場で、街の喧騒からはなれて静寂に包まれ、ポール・ヴァレリーの講演録を読む。

それは、喧騒とあわただしさに人が翻弄されて生きている現代社会の状況を批判した一文であった。その中に以下の一文(フレーズ)を著者は見出し、自らが探し求めていた言葉であると感嘆する。

『存在の深みにある本質的な静かさ』ポール・ヴァレリー「知性の決算書」1935年

「ここパリでも、東京と同じく騒音と混乱が当たり前のことになって人がそれを異常とも感じなくなった現代の社会の中で、人間にとってもっとも大切な内面の静かさが失われている。ヴァレリーはそれを指摘したかったのだ。」

(保苅瑞穂)

本書はフランス文学者が書いた文学的・美学的な世界観の中での思索に基づく文学者の人生最後となるアウトプット。その最終著述作品なのだと思う。読み進むにはやや難解であり、正直苦心している。

また気持ちが変わったら読んでみるか。昨夜、外食のついでに返却BOXへぽとんと落としてきました。

…せっかくここまで長々と整理して書いたのでこの想いだけでも、本備忘録・個人ブログに日記代わりとして載せておくことにしよう。

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