"ambidexterity" …「双面性」などと訳されることもあったらしいが、入山章栄教授は、『両利き』の訳語を充てている。
この点が、先行し日本で有名になっていたクレイトン・クリステンセン教授が提唱した "イノベーションのジレンマ" よりも世界の学術的なイノベーション研究で多くの経営学者が取り上げているという。
「両利き ambidexterity(ambidexterity) とは、まるで右手も左手も利き手であるかのようにそれぞれうまく使える状態を意味する。そして、企業活動における両利きは、主に「探索 (exploration) 」と「深化 (exploitation ) 」という活動が、バランスよく高い次元で取れていることを指す (ちなみに、私は著作や講演で「知の探索」と「知の深化」と、「知」をつけた呼び方をしているが、これらは本書のものと同義と捉えていただいて差し支えない)。
この「両利き」という概念は、1980年代から行われてきた認知心理学の研究から出てきたものだ。
(以上、入山章栄氏による本書冒頭の解説から)
原題 : Lead and Disrupt : How to Solve the Innovator's Dilemma
「頭の中で二つの対立するアイディアを同時に持つことができ、なおかつ、その力をうまく働かせられることが、第一級の知性の試金石となる」F. スコット・フィッツジェラルド
出所 : 「両利きの経営」「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く(入山章栄監訳・解説)東洋経済新報社、第7章 要としてのリーダー(および幹部チーム)から
『両利きの経営』(2019/2/28 第一刷) を読んでいる。入山章栄監訳。その趣旨をサマれば、
1.いまある事業 と 2.新事業 と。この2つを同じ企業組織の中でケンカせず両方同時に上手にやる。それが企業存続に不可欠なこと。その理論を実際いくつもの企業の結果例を元にストーリーとして分析分類して紐解いた事例集。
つまり、
- オーガニックな現存事業とそのリソース、
- まだ事業になっていない "イノベーション" で創出する新事業(新製品・新サービス)
「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く
Lead and Disrupt How to Solve the Innovator's Dilemma. (入山章栄監修)
日本語訳本の表紙にこの副題が書かれている。本来原書ではこちらが主題だろう。Lead するとは新たな新規事業を率先して進めることであり、それにプラスしてDisruptするとは既存事業のうち辞めるべきものを捨て去ること。
"両利き" というは、この二兎をいっぺんに追うことを意訳したのだろうが、うまいことキャッチーに表現してる。言い得て妙というやつだ。
▶︎ 両利きの意味あいは、既存事業をうまく切り盛りしながら、同じ一つの会社の中で他方では全く新しい(既存事業とバッティングや "カニバる" 別事業を立ち上げる。その2つを同一企業内で同時に行うことを指している。
2つを両立させることの大切さ、それにはどうすれば良いのか解きながら説く。👉富士写真フィルム工業(現・富士フィルム)とコダックの違いの比較論は有名な話。何もこの一冊が初めてではないが両利き理論として構成を施した。
それは意訳なのであり、実は英文題の通り、
- Lead and Disrupt / How to Solve the Innovator's Dilemma.
趣旨のコンテンツ、主張、であるだけと思う。
いま、なぜこの一冊かといえば、監訳・解説が入山章栄(Ph.D, University of Pittsburgh *) 経営学博士の手によるものだから読むことにした。テレビのコメンテーターとして登場すると理解が大きく進む。フィールドスタディに優れ、さまざまな企業の具体的な新しい活動を「現場で」見ているから、テレビ出演時の話の明快、痛快さ…そして話のスピードは他に例を見ない。個人名挙げないが同じ勤務先大学経営学部の教授たちの中、話の面白さが群を抜く。
* Home | University of Pittsburgh
共著者は、Charles A.O'Reilly 3rd (スタンフォード大学経営大学院教授) 氏と、Michael L.Tushman (ハーバード・ビジネススクール教授) 氏で、冨山和彦氏が解説して、渡辺典子氏が訳している。
はじめにパラ見して、ふ〜んなるほどな!と得心するのは映画などビデオレンタルのブロックバスター社とNetflixの違い。経営方針の差異を解説したくだりは分かりやすく誰でも理解する。現実に起きた栄枯盛衰を後解説して紐解くのだからクリアーで疑問の余地がない。
ここから先の理論展開はこれからのお楽しみだが、よくある「4象限」に区分けをして事業と戦略を解析して論につなぐ。たくさん現実の企業事例が出る。経済学や法学の教科書と異なりマーケティング的読み物として読めて💮。
ビジネスピープル必読の一冊といってよいだろう。
両利きの経営(増補改訂版)
ー「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く
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論の前提となっているのが、先んじて発表されて広く認知済みの イノベーションのジレンマの話である。
(両利きの経営からの抜粋・引用) クレイトン・クリステンセン教授はその共著で「組織は破壊的変化に直面すると、探索と進化は同時にできないので、探索にあたるサブユニットをスピンアウトしなくてはならない」と主張している。
出所 : J.Bowers and C.Christensen "Desruptive Technologies:Catching the Wave," Harvard Business Review (January-February 1995)、同「破壊的技術」DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2009年6月号
この有名なクリステンセン教授による共著 "イノベーションのジレンマ" (1994) 経営論に対するある意味の続編・後編的な主張の書になるのだろう。
✳️ 企業経営で内部のベンチャースピリッツをどう活かして、会社が存続し、変革して生き残るのか、その解決策を具体的に提示している。
- 章別のどこをパラ見・パラ読みしてもつながって拾い読み理解ができて、いい。
- 経営学、この一冊は組織論と意思決定理論の実践ストーリーテリング型。読んで面白い。日経ビジネスやダイヤモンド・ビジネス・レビューの記事の重ね読み感覚だ。
(第2部 両利きの実践 イノベーションのジレンマを解決する 第4章 6つのイノベーションストーリー 3.リーダーに求められる3つの行動から)
①新しい探索事業が新規の競合に対して競争優位に立てるような、既存組織の資産や組織能力を突き止める。
②深化事業から生じる惰性が新しいスタートアップの勢いを削がないように、経営陣が支援し監督する。例えば、ベンチャーが必要な資源を確保できるようにする。新規事業のリーダーはマイルストーンの達成について説明責任をう。非生産的な摩擦を極力抑えて、新旧の事業間が交わる部分を管理する、といった具合だ。
③新しいベンチャーを正式に切り離して、成熟事業からの邪魔や「支援」なしに、成功に向けて必要な人材、構造、文化を調整できるようにする。
(11/19 後日の追記✍️メモ)
IBM ガースナーの見立てがさすがだ。1990年代半ばにIBMを安定化させた後、そのアプローチについて語った。👇
「私たちの方策はこうだ。今後10年間で、顧客がますます重要視するようになるのは、さまざまなサプライヤーの持つ技術を統合したソリューション、何よりもその組織のプロセスに技術を組み込んだソリューションを提供する企業だ」
この戦略を実行するのに必要な革新的組織能力は、顧客のビジネス課題を解決するためのシステム統合力、オープン・ミドルウェア (多様なプラットフォーム上でアプリケーションを使えるようにするソフトウェア) とサービスが鍵🔑
IBM ガースナーの見立て、続き👇
「サービスは全く別物だ。サービスでは製品を製造し販売するのではない。組織能力を売るのだ。(中略)これは獲得できないタイプの能力だ」
その後、2000年代以降のIT、コンピュータービジネスを見れば彼の見立ては正確だったことが立証済みだ。ナビスコのCEOから全く畑違いのコンピューターメーカーに来た素人ながら、本質と核心を見抜く力はスゴい。改めて実感。
👉例えば、通信業界を見たら良い。自社技術と自社製品の構成で大手キャリアに入り込んで、いわば系列化していた "古いビジネスモデル" でとても栄えていた、そして利益を上げて次世代技術の開発費を賄えていた大手通信機器メーカー、日本の複数社のその後行方はどうだ。
✴️ 今や(コンピューター業界に遅れて、) オープン化に追随する格好となり、機器構成をオープン化して、"ベンダーロックイン" ( 一つのベンダーを導入してその後も、そのベンダーを事実上使い続けていく必要性に縛られること ) とは無縁の、IPベース、多様なメーカーのハードウェアを組み合わせての、5G通信方式を実現でき、そちらの方が主流となっていると言ってもよいだろう。
このケースを見るにつけてもこんなことを再確認する。
▶︎技術優位の会社経営のあり方の限界。
先に指摘すれば、縦割り型製造業からEMSに製造委託すること。また半導体ファウンドリーなど水平分業の考え方は全て『自前主義』の思い上がり的経営方針に対するアンチテーゼ。今や旧態・過去形になった経営の変遷がある。
・自社開発を深めることに躍起となり、後年提唱されてこぞって大手がマネをした異質なものを取り込んでいくオープイノベーションや、両利きの経営スタイルの手法に気づくことなく、唯我独尊の弊害を改める必要性をそもそも感じることがないままに、競合他社と先端技術の深掘りに優位の資源を集中投入。純粋培養したエンジニアを事業部門長に引き上げる。ある意味で自前主義、他に勝つことに拘泥していた形。その心情論的マネジメントの旧世代経営幹部。そこに帰着し象徴されるのは技術優位一辺倒のものの見方。残念ながら過去のものとなり、今では経営戦略的に重視されにくい旧態の経営手法になった。
✖️若い頃、社内で上の考え方に近い論調の文章をある時ある場所で書いたことを思い出す。
するとそれを読んでチェックした人事課長にすぐに書き直しをさせられたこと。その時、さすがに両利き経営とかイノベーションのイの字も自分は思いつかなかったが、少なくともより広い視野で見直すべきことは強く指摘した。そんな35年前の若き自分をいま見直している(苦笑しきり…)