Andyの雑記帳blog (andy-e49er) accurasal

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現代版 “ぼっち” 🏕Campと “Stray sheep”

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☝️誰もいないある大手スーパーのeat-in corner

  •  Xmasが近づきました。本編は今年の夏や10/2x頃になんのきなしに思い立って、ただ続けて書き付けた、ドンくさい書き下ろしでした。長くそのままでした。ここらで年内に片をつけます(😊笑い)

10/24 (日) 秋が深まって来ました。涼しい
#松山英樹 #PGAツアー #優勝 おめでとうの後、録画見てる(ひとり)ぼっち日曜の夕方。トヨタの白い車(車種分からん)やスバルじゃなく、スズキのジムニーで本当に走って行って撮って欲しいけど。#ヒロシのぼっちキャンプ に近頃なぜかとても惹かれる、癒やされる。
今週末セミナー収録と、2週間後のセミナー講師、がんらばねばなの思い。新刊書を借りて来た『outlaw ocean』とりあえず上巻、面白そう。

ちゃんと覚えてはいないけど。自分は何かの性格診断だか何かで、

『ソロが好き』だか、複数で行動するより一人がいい、と出たことを覚えている。

休みの時でも平日でも、割と自分一人だけで好きなことをしているのがいい。何をするでもなく、一人で好きにしている。London一人旅は実に快適だった。埼玉の工場勤務時代は、部下が迷惑だろうなぁと考えて、昼休みは一人で工場の外周や外の工業団地を歩いていましたっけ。

"Stray sheep" ストレイシープ

夏目漱石の小説に出てくる。このワードが自分の中にしっかりと刻まれている。何がそうさせるのかは全く分からない。- 悩める子羊

そう。決まっているようだ。もがいてもそこから逃れられない。過去から埋め込まれた、昇華されない記憶の呪縛、とでもいうやつなのだろうか。

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#OliviaNewtonJohn の #Magic をずっと変わらずに懐かしく記憶し、思い出す。20歳台独身の頃 #沖縄旅行 前後のfavorableな記憶と強く結び付いているからだろうか。曲調と若い時分の空気感・世界観→「ドキドキ」「可能性」「将来性」など人生の甘く淡い想いと結びついている

(40年後の夏休み日記)

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  • そしていつまでもこうして "感性" を保ち続けていたい。感動、感激、失望、たとえばそして『恋の感覚』を忘れない。心根の美しい情景、情念…。その時の気持ちの高揚を持ち続けることは人生の彩りとも思う
  • 年齢を重ねても若さを保つ。心の在り方 とか 立ち位置 立居振る舞い
  •  想念 を大切にする。

 

 いつの頃だったろうか、心が『悩める子羊(Stray sheep)』になっている。

 頻繁と言うほどでもないけれど、繰り返し繰り返し見る夢がある。ストーリーのバリエーションすら、そこにはある…。

◉場所は定かではない「世界のどこか」。明らかにそこは街。眼前に見える光景。あれはストリートかハイウェイか、いゃアヴェニューか。車が繰り返し行き来し多く流れている広大な車路・車列がよく見える。それはロスアンゼルスアナハイムニューポートビーチ近郊…南カリフォルニアの土地だろうか。それともニューイングランドか。いゃサクラメントかもしれない。

情念の中、クローズアップされ、神経がフォーカスされる。目覚めて、後から思い返してみれば、間違いなく「あれは高速道路だ」と思えるが、夢の中では、悩める子羊。

自分の立ち位置の居場所からのアクセスの仕方、皆目わからず途方に暮れている自分がいる。

 頭の中でマップを思い描いている。あるいは知っているかもしれない記憶をなんとか呼び出し思い出そうともがいている。考えもがき苦しむ。苦しむと言うより、考え込むとか悩んでいる感じ。

👉そこには必ずファーストフードらしき店がある。店に立ち寄ること、すなわち危なくない安全な場所に身を置いて、そこでまずは落ち着いて地図を見るんだ、などと自分に言う。そう言い聞かせている。

常に覚醒しているその感覚。米国在住在勤時のリスクマネジメントの心象風景の残滓なのか。私はこの夢で、常に迷いながら運転中なのだ。

👉ガスステーション、もしくは車をメンテするガレージも眼前にあったりする、とてもリアル。時にそれはパーキングエリアだったり、ホテル敷地のアクセスロードだったり…。そんなさまざまな『不詳の街』の情景が、リアルに眼前に広がる。

👉ホテルの部屋からエレベーターが直結している心象風景もある。あるいはまた日本旅館のように継ぎ足しで建てられ、入り組んだ日本家屋だったりする。

 それら仮想架空の街中、建物の中、学舎(まなびや)の中にいて常に変わらず同じなこと。それは

"目的地への行き方がわからない"

ということ。Boston近郊のどこかなのかもしれない。ならばそこは1997年の3月か。だが雪は見えない。あるのは記憶の中の『想い』だけ。

 行き先もしくは「そこ」への行き方を考え続けている自分の想念。それが "そこ" 、その土地、街中に残存する心象風景の残滓として存在する。たしかにある。けれどもそこは一体どこなのか、それが分からない!とその場で心の中で一人で叫び、そう思っている。

 私はそこで確かに存在している。あるいは、存在していた。どこかへ向かって動いている途中。旅の途中。地図は身近にあるはず、だけどなぜなのかそれを見てはいない。ただただ考える。頭の中で道順を一生懸命考える。どうしても次が決まらない。そんな苦悩がある。不明の地で彷徨う自分がそこにいる。

👉そこはサクラメントかもしれない。1987年のSacramentoだ。

 どの旅もいつも決まって「独り」なのは、アメリカ駐在。一人先乗りで任地へ到着したしたばかりの時の記憶(…?そうかもしれない)。そこからこれらの夢の情景は心の中に、頭の片隅に、脳内に刻まれているのだろうか。描かれる仮想の街の風景。脳の記憶データがひとりでに、仮想複合した「ある町」から「ある町」へと移動しているかのよう。探し続けている心。彷徨い。孤独感。不安と抑制。

「あぁ、帰り道(行き方)を聞いておけばよかったな」

と一人つぶやき、嘆いて。処置なしに陥っている。そうやってそこにいる、いつもそうだ。

 もう一つのパターンは電車の乗り換え駅。

👉改札や切符売り場、バス停か小さめのバスターミナルというほどでもない複数のバス乗り場があるいつもの「あの場所」あるいはまた、工場の敷地内でもあったりする。

 いずれも彷徨って、どちらの方向に進むのか迷い分からず決められず困っている。なのに周りに知り合いはなく一人だ。

ひとりぼっち

なんとかしよう「解決しよう、行き方を "確認" できるはずだ」と暗中模索して心が宙を彷徨う。

目が覚める。「あれはどこだったろう…」

なにか切ない。そんな夢をまた見てしまったが今朝のは少し違っていて、ある店で会話もしていた。土産にいただいた紅茶とその店で買うパンの値段を小銭で払おうと相手と会話をしていた。マスクをし忘れたと言っている自分。列に並んでいる自分。今現在の情景が混在したのかもしれない。

👉大学三年時もしくは四年時。卒業のための必須取得の単位が取れていない。単位数足りなくて…。もっと授業を取らなければ。教室にずっと行っていない。行かなくちゃとひどく焦っている。

何度となく夢に登場する。そこでは自分の属している教室がどれなのか、どこなのかが分からない。

👉あちこち学び舎と思しき建物の二階や三階を行き来している。しきりに、あぁでもないこぅでもないと右往左往する。その記憶の場所自体は自分の大学ではなく、都内中学校の校舎のような気がする。

あぁこれこそは多感な中2の新学期に都内の中学校へ転校をした時のトラウマなのか?そうなのかもしれない…。それが大学卒業前の必須単位がまだ取れていなくてプレッシャーだったときの記憶と混在しそして混濁する。

そうして夢の『学校』の校舎内やグラウンドでひとり彷徨う。苦しい気持ちでとても困っている夢の中。あとはトイレが探せないという暗示の夢も多い(笑)。

そんなひととき、今朝は朝五時前だったが、ひとしきり、顔を水で洗い現実に戻った後は、布団の上に身を置いて。クラブハウスでチャンネルを行きつ戻りつした後、結局は↓こう言う類の、"マインドフルな癒しの音楽" で、会話無しの世界にたどり着く、その繰り返し。

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脳の記憶の領域の片隅に、昔の海外駐在の「ことはじめ」で迷っている時のイメージが刻まれていて、断片がつなぎ合わされて何やら一つのストーリーを形成しているのだろうか。

たぶんそうだ。私は 'ひとり' 合点する。(^^)

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※ 現代版 “ぼっち”

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