Andy.S の雑記帳

内外について個人の思いを綴る雑記帳です|andy-e49er | Twitter@Accurasal

夏を振り返る

14日水泳男子200m平泳ぎ決勝、北島選手がアテネに続いて2大会連続、100mとともに2種目で。有言実行の集中力の凄さを見た。われわれ凡人の日々の暮らしは不言実行や有言不実行が多い。北京オリンピックに触発されて自身の振り返りをしてみた。
 1年前:府中にいて12月以降のことをどうするか(どうなるか)考えてた
 2年前:田町にいて海外事業、投資プロジェクトを考え燃えてた
 3年前:田町にいてプロセス改革の手法や推進に悩んでた
 4年前:府中に来て世界市場で世界商品の調達に挑戦、コスト競争の真っ只中にいた
 5年前:大宮に住み高崎線で本庄へ、バスで工場へ行き、大量生産調達の第一線、真っ只中で日々苦難の調達問題と向き合い、苦しみつつも挑戦を続けてた。たぶん製品出荷を通じて社会にも貢献してた
 6年前:サンタクララにいてそれまでの5年間と残る任期の引継ぎ、次の職責を思ってた
 7年前:サンタクララにいて部門運営の将来を祈念しつつ日々新しい案件に取り組んでた。アメリカ人部下の人事問題に直面、出口を模索する苦悩の日々が続いてた
 8年前:サンタクララに来たばかり。ボストンをとても懐かしんでた。東と西の違いに眼を向けながら生活のセトルダウンに注力し、部門運営の総仕上げを常に考えてた
 9年前:ボストン(Boxborough)にいた。ここは静かなI-498郊外の森の中のオフィス。沈思黙考しながら、来たるべく大きな変革を予期し、そのための休息と急速充電に努めてた
 10年前:ボストン(Wakefield)で部門事務所の将来構想に悩み、苦しみながら企画検討してた。I-128でBelmontから30分運転してた
 11年前:2回目の北米勤務。ボストン(ウエークフィールド)に赴任。5ヶ月が経過し、緑と水辺のあるビジネスパークでアメリカ人社会にセトルダウンしながら日本人ひとりぼっちの北米調達にも意気盛んに邁進してた
 12年前:東京本社(田町)にいた。ミャンマーヤンゴン出張時に次女が産まれて5ヶ月経っていた。全社輸入を企画管理、リードしてた
 16年前:5年半の北米勤務を終えサクラメントから東京本社へ帰任した。横浜市へ帰ってきた。
 21年前:29歳の年齢で初めての海外勤務。サクラメントに引越し、隣町の生産工場に車で通ってた。冠雪で美しいシエラネバダを毎朝真正面に眺めながらI-80でHonda Accord '87のステアリングを握ってた。若く溌剌と将来の夢に燃えてた。
 22年前:横浜事業場から本社へ異動して3ヶ月経っていた。6月に異動して夏休み明けから仕事の分担が変わった

 今年・いま:次女はこの春に中1に上がり、高2の長女と妻と4人で溝の口に住み、朝6時におきて日経新聞と読売新聞をとる。朝食のあと武蔵溝ノ口駅から分倍河原駅まで通勤。汗をかきかき15分徒歩で会社に通う。毎朝きっかり8時前に着くとEarlyBirdsの数人だけが出社している静かで涼しいオフィスでいつも、一人で自らの過去・未来・そしていま何をすべきなのかを常に想ってる。それを想わない日は無い。明日も明後日もきっと考えるだろう。

2011-11-23勤労感謝の日に思ったこと: ☞ http://d.hatena.ne.jp/andy-e49er/20111123

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