👆渋谷店はやり切ったか⁉️
( 出所 : Instagram )
これまでのすべてを振り返ったとき、「やり切った」と胸を張って言える自分がいます
(5/2付朝日新聞)男子テニスで🎾元世界ランキング4位の錦織圭(36)が、今季限りでの現役引退を自身の交流サイト(SNS)で表明した。
出所:言言語語 〜5/14 週間エコノミスト 2026.6.9 号
✳️ 錦織圭さんのこの発言、ことばに共感を覚えています。現役を引退するとき、こういえること。シンプルにすばらしい。👍
『終活』ではなくても、人間、"生きとしいけるとき" 👈この言い回し、最近は聞かないし目にもしなくなったが、感じを含めて合っているか?...🫷👉周囲からの支持、賛同、共感を得られる態度、言動、すこし大きくいえば『生き様』でありたい。尊敬も勝ちとれたら素晴らしい。
そこで、こんな警句。ときおり見かけます…。

(出所 : 岩田松雄氏のfacebook投稿から)
十ある警句の、6️⃣、7️⃣、8️⃣ 番目について。
(仕事の場合)質問者や相談者に対して公式に組織の所属員として、毎回毎度、都度の相談に対応する際には、節度と丁寧さを持って接すれば、トラブったり炎上気味に陥ることがない。これは、まさにこれまでの年月の積み重ねから体得しています。
(個人生活)できるだけ気にかけていて、意識なくもないが、丁寧さは鳴りを潜めている。普通はそんなものだろう。だけど、"親しき仲にも礼儀あり" は、なかなか実行できない。どちらかといえば普通でしょう。要注意。
(中間の場合)職場で若手職員から何か聞かれたとき。概ね多くの場合、一つ目のシチュエーション同様、アドバイスを求めるのが8割以上。このときこそ警句 6️⃣、7️⃣、8️⃣は⚠️注意が必要⚠️と分かっている。難しいのは、
話す内容の長さや広がり度合い。どこまで深く経験値を話すか。自ら測り、判断は難しい。
- 秘訣はあります。それは、
・相手との『対話』を心がけること
・双方向の会話にするよう努めること
かもしれません。
いゃそれでも年齢に大きく差がある若手は、こちらに気を遣って、ただ黙って聴いている、ということがほとんどです。何せ、30年➕ほども歳に差があるのですから。
✴️ 注意すべきこと。我々は彼らに対する教授とか教師ではないという点。上下関係もありません。
✳️ 心しておくべきこと。わたしたちは単なる1アドバイザー。ステータスとして非常勤嘱託社員。あくまでもその組織に所属して "使われている" 身分、立場です。いわばパートタイマー的な存在。
そこを失念してはいけない。そう思うのです。
ただ重みがあるのは、全員が大手企業で定年以上を勤め上げた特定分野の経験を持つ、多分全員が部下を持ったマネジャー以上の経歴の人たち。
会話していると、その辺は流石に違う。
◎ 結局、正しいやり方はなんでしょうか⁇
- 相手に『貴方はどう思う?』を投げかけてあげること
でしょうか? (そんなことをこうして勢いよく書き付けながら頭が回転して♻️考えています)
私はそれは不得意かもしれません。
振り返ればどうだったか?たぶん現役時代を含めてこれまでほとんど実践していません。私は出来ていないと、認めましょう。過去、会社現役時代の、管理職としての "部下への対応" も、そういう投げかけの会話をはしていませんでした。
環境的に当時は、今の時代ほどパワハラ(ほか、なになにharassment含み) といわれる人事対応の要諦の "肝" や対人関係の処し方の標準とか世間の空気感が今と違う。ひと世代前の感覚だったはず。つまり感覚が古い。それらが普遍的に誰にも普通に知られ当たり前になったのはここ五年十年のこと。そうなる前の古い時代の慣習とか認識で働いていた過去のまま、ここまで歩いてきたように思うのです。
◉ だからこそ、これから残りのキャリア生活では、心して注意しつつ『感じよく』前向きに、話しかけやすい人にならなければいけない。
そういうことでしょう。
人格、品格、マナーの再確認・改善改良です。
「やり切った」そう胸を張って言える
そのために、
もう一度、まっさらにクリアして謙虚になる。よりわかりやすくいえば、あえて、持っている自信や確信を捨てる。捨てることにより、対人関係を、遠い昔の新人の頃みたいに未経験ゆえにおどおどする?くらいのレベル感に戻してみる。それくらいの行動規範面の落差が意図的に必要なのかもしれません。
「どうでしょうか?」と相手に尋ねることにより、相手の本音や意図を表に出してもらえるようなある意味のプロモーション的な対応をしてみたい。モチベ(モチベーション、動機づけ)を高めるような会話。
ここまで書き並べてきて、そう思います。
(書き下ろし)一旦これではてなブログに⤴️アップしてみたいと思います。5/31(日) 午前七時から八時に自宅にて

👆先日訪れた渋谷の道玄坂に、ビル内の抜け道的な通りが出来ていた。@ドン・キホーテ