取引という名の力による対決は外交か?

Deal, Confrontations, Trade Negotiation, and Diplomacy …今この現代、ウクライナへのロシアの武力による侵略、そして、イスラエルとパレスチナの武力衝突。並行して眼の前で繰り広げられている関税を舞台とした国家間取引という名の新たな "貿易戦争" を考えてみる。
◉ 交渉とは何か?(話し合いという名の対決)
何かの問題や課題 ( issue ) についての利害が不一致な者が複数いる。それぞれ主張を異にするこの二者なりそれ以上が行う、
- ある共通の領域における、二者間での解決のための協議や話し合い。そして、
- 両者が合意に至るまでの一連のやり取り。
幸い合意に至った場合、二者間でその理解と認識が異ならないように合意事項を整理し互いに文書で取り交わす。この文書化の起草過程では往々にして両者の間での認識の違い、差異が見つかる。あるいは更なる未決事項などに気づいて新たにそれが出てくるかもしれない。そこで続けて、さらに微調整や整理などを行う。
最終コーナーの確定へ向かうそのプロセス ( 合意文書の取り交わし ) を踏むのは普通には常なること、といってよいだろう。これがなければ、合意事項の Mirroring がないために、何か齟齬や揉めごととかが出てきたり、交渉途上での争いのポイントなどが復活するかもしれない。少なくともそのリスクは否定はできない。
そんな醜い違いや言い争いを二度と見ないための保険、保証。それこそが合意文書の取り交わしだ。
しかし、"非対称で力の差が大きすぎる相手" との交渉 ではどうだろうか?
常識や当たり前が全く通じない。そんな "普通ではない " 相手の場合には何が起こるだろう?
▼ここで一つの挿話を。
日米関税交渉の交渉人となった赤澤経済再生大臣ご自身が語るYouTubeの内容の中に、今回の派遣国(から落ちていく過程の)、🇺🇸米国との関税交渉。その真髄と交渉のあり方の真摯な話が聞けるインタビュー番組を見つけた。
✴️ 掲載は以下の後付け投稿の中にリンクあり⤵️
日本の政治家は大丈夫か⁉️ - ときおり人生ジャーナル by あきしお @accurasal
▲…話を戻そう。
合意や確認を正確にコンプライしない、そして自分に不都合なことは一切認めず、自ら機会を使い別の何か (物議を醸し出す/issueをすり替えるような) 発信を出して相手を惑わせたり、世間を誤魔化す虚に出る。そんな異形の相手と対峙する場合だ。相手はこちらを脅してくる。話し合い、つまり交渉するスタンスで、それが取引だ、ディールだと口では、言葉ではそういいつつ、その実は脅しを使い、力で押してくるならば…。
これはゲームの理論でいうチキンレースとか、『狂人の理論』"Madman's Theory" などと呼ばれている概念、手法と相通ずる面がある。
どうしたら 普通でない・狂っている相手に対抗することができるか?
その答えも経験も、今の私は持ち合わせていない。そんな事態は自分の人生で、ビジネスの交渉で、一度も必要がなかったからだ。幸いにもこれからもないだろう。
◉ 世の中は変転する。何かが変わり、それに対応してフレキシブルに戦術を差し替えたりしなければ、交渉の変化に対応出来ずに負けてしまうだろう。これが安全保障の議論であれば、まさに力による侵略への国家防衛の話となる。
国家権力は暴力装置を合法的に保有している。そんな最高権力 (力…ハードパワーと言い替えよう) を持つ権力者個人やそのグループによる『独善』行動により掻き乱される。
手始めにはその力で相手を脅すことを平時に行う基本パターンとして、政治と外交の場面で何事も常に力を行使した取引をし始める。
そうした間違いのリーダー(やグループ)が出現する時…世界は不慣れなプラクティスに戸惑う。 "交渉する" "Deal だ、取引だ" とする言動の下、相手の力に押される。外形的には "話し合いで解決" だとしながらも、交渉や取引の駆け引きがゆえに心理的な不確実性が沸き起こり、不確実性により経済や金融は混乱する。
そのとき世界は恐怖の時代へと向かう。
これこそ、新たな戦争の形なのかもしれない。
…と言ったら言い過ぎだろうか
P.S.
『契約』は、一方の申し込みに対して、他方がその申し込み内容を完全に受け入れ、同意することで成立するとされる。これが現代の契約理論であり、私的自治の原則、また契約自由の原則の上に出来上がった人間の知恵の結晶の一つだと思っている。
英米法体系 (コモン・ローの世界) では、こういった取引条件の完全合意のことを、
Mirror Image Rule と呼ぶ。
それは、鏡の如くに同じであるからだ。
それがない場合、その関係は対等な二者間の契約ではなく、脅しなどによる恐怖の支配に近いものになるだろう。自由で開かれた民主主義としてのプロセスなどという前に、そもそも取引とは、取引における契約とは、対等な鏡の前での互いの誓約である。
そうでなければそれは単に、ならず者による不法な定めであり、アメリカ西部劇でよく見る無法者が支配する世界観への逆戻り。少なくともそれに近い危うさを帯びた、望ましくない悪しき状況である、と言えるのではあるまいか。
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