
" 誰かの人生を追体験する " ことの尊さ
『リーダーの本棚』から
Sakana(サカナ) AI 共同創業者・最高執行責任者 伊藤 錬氏…" 本に導かれて別の世界へ "
日本経済新聞 2025年(令和7年) 6月21日(土曜日) 29面 読書欄からの抜粋と引用のメモ✍️🗒
青春時代を過ごした東京大学の駒場キャンパス、留学で滞在した米ニューヨークのダウンタウン。忘れられない風景と人を求めて、何度も舞い戻ってしまう。時間を戻そうともがく、同じ心を本の中に見つけることがある。
(前略) 現実には存在すらしない世界を物語の形に作り出すことが小説家の力だと思います。『わたしを離さないで』は、外務省に入省してから8年ほどたった頃、東大の生協書籍部で購入して読みました。駒場キャンパスから徒歩圏内に住んでいたので、週末は構内の書籍部で立ち読みし、近くの定食屋さんで夕飯を食べ、東大の研究者になった友人を誘い下北沢で飲んで帰るのが習慣でした。そんな飲み会の後、狭いアパートの一室で読み切りました。
ソファーに座ったまま、しばらく動けなくなったことを覚えています。誰かの人生を自分が見てきたみたいに追体験する。小説の効用に打たれました。
(中略)「学生時代から、村上春樹さんの本をよく読んでいました。彼が翻訳する米国文学の選択も、「なんて気が合う」と勝手に思うほど好みです。随筆も好きで、特に『雨天炎天』には影響を受けました。村上さんが旅した、女人禁制のギリシャ正教の聖地、アトス山の修道院にどうしても行きたくなったのです。外務省勤務で超多忙だったのですが、上司に頼み込み2週間の夏季休暇を取りました。
(中略) 私の日常とは全く別の世界がそこにありました。(中略)同年代の僧侶たちとは友人になりました。彼らは知的エリートで5〜6カ国語を操り、博士号も持っています。IT (情報技術)に通じた人もいます。
(中略) 外務省の米ワシントン勤務時代、夏休みにパレスチナのヨルダン川西岸地区からアレンビー橋を越えて、ヨルダンのアカバ湾までたどり着いたときには胸が震えました。
(中略) 須賀敦子にも若い頃から傾倒しました。1950年代に日本を飛び出しイタリアに長く住んだ彼女は、私も漠然と感じていた、日本の内と外両方に居場所を求めることの難しさと素晴らしさを言葉にしてくれています。随筆集『ヴェネツィアの宿』は、きらきらした夏のヨーロッパを案内してくれた外務省の同僚と何度も読み返しました。
在米大使館に勤務していた頃から、米国人よりも米国を理解する唯一の方法は「日本と米国のどちらにも通じること」と考えていました。経営者となった今もロンドンと東京の2拠点生活を続けています。ベンチャーが世界で勝ち抜くには、欧米とも日本とも違う流儀を編み出す必要があります。異文化の間で奮闘した主人公たちが、背中を押してくれています。
(聞き手は編集委員 瀬川奈都子)

▶︎この一文を読んで、羨ましく思った。
- 友人を誘い(近所の)下北沢で飲んで帰るのが習慣…都内・駒場に住んでいた
- イシグロカズオのあの本を読んで、しばらく動けなくなる!さほど強い感受性を持っている
- 上司に頼み込み2週間の夏季休暇をとって、村上春樹が旅したギリシャ正教の聖地の修道院に出かけた。そればかりでなく出会った僧侶との交流を今も続けている
- パレスチナ🇵🇸とヨルダン🇯🇴を旅している
- "須賀敦子" を知っている
▶︎私は知らないし、読んだことがない
もちろん、自分では無い誰かの人生を羨むことに、さほどの意味がないことはわかっている。
けれども素直に(いいなぁ)と思った。
人の人生はたったのいちどきりだ。
- You live only once. 👉 YOLO なのだ。
誰かの人生を、その別の人生を、わたしたちは生きることができない。だからこそ「誰かの人生を自分が見てきたみたいに追体験する。小説の効用」が大切だと思う。
読むことは生きること、なのだ。
日経新聞・土曜版のこの "リーダーの本棚" と言うコラム記事は、自分では無い誰か、しかも日本で一流と思しき知的エリートや有識者といわれる人たちの、その愛読書や本から得た学びなどをわれわれにもたらしてくれる。
その意味で「誰かの人生を自分が見てきたみたいに追体験できる効用」がある。
だから、私はこのコラムを毎週欠かさずに読み漁っているのかもしれない。しかもそれは、スマホやパソコン画面ではない、analogの、新聞紙面で画面のブルーライトや反射のない形で二つの眼で読む、そこがとても大切なのだ。

👆Gymに行き、🧘♂️ヨガや太極拳、エクササイズやスイミング🏊♀️🏊🏊♂️をやる分、1日の時間が決定的に足りない。一方、読みたい本は絶対に欠かさず読みたい。時間が足りない。
✳️ バランスよく生きて、絶対に後悔しない人生を送ろう。『後悔しない人生を生きる』ことは昔からの私の願いであり続けている。
✴️ 5年先、10年先に生きているか、わからない年齢になった。だからこそ、見えてきたことや、しっかりと考えることがある。50代、40代、30代にこんなことは全くなかった。あの頃は家庭と子育てが大事だった。(仕事以外で)
父の日に子からギフトをもらう年齢になった。

毎日生きている(今)が1番充実して楽しい、そんな日々を送れるよう、自分なりに努力をし、目標に向かっていくことが、「生きる意味」なのではあるまいか。
