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ゴルフに想う

『霜月』になりました。

今回はたまたま写真アプリのPinterestで見かけて思い出したゴルフの話をしたい。ゴルフと言っても、フォルクスワーゲン(車)。そこからつながる昔を振り返り、少しプライベート領域に分け入ろうと思います。

 これまでのオーナー車。数少ない所有車のうち懐かしい、フォルクスワーゲン・ゴルフ。

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(出所 : Pinterest

各世代ゴルフ車を並べた写真の下から2つ目。二代目のデザイン。 水色メタリック塗装。このタイプの中古車で80年台末から92年4月までカリフォルニアはサクラメントとローズビルエリアを走っていました。一度くらいは少しばかり遠出になるサンフランシスコまで行ったように記憶します。

 カリフォルニアは夏とても暑い土地柄。℉(華氏)で100度を越えることが多くこれは摂氏35℃を超える気温。そんな暑さが普通のカリフォルニア州・州都サクラメント最初のアメリカ出向、現地法人勤務を命じられ赴任したのは1987年6月。

 人生で初めての自家用 "セカンドカー" の1台目は "マツダ 323"  (日本名ファミリア) でした。そんな実経験は大きな変化を与えてくれた。

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(出所 : Pinterest

帰任する方から譲り受けたシャンパン色の中古MAZDAがほどなく、訳ありで壊れ走れなくなってしまいました。そのため、後継車として会社の人から格安で譲り受けた二代目のセカンドカーが憧れのドイツ車。ゴルフでした。

ただこれには問題あり、エアコンなしでした。夏には窓全開で髪をなびかせながら走っていましたっけ…。

 アメリカ生活では車2台が基本。一戸建ての家では普通2台分のガレージが家にくっついて建てられているのが一般的。

  • 特にカリフォルニア州は雨が少ない。木造家屋は日本基準から見ると、木造ばかりで壁の厚みがかなりペラペラの感じ。(建築費は日本に比べて安いんじゃないだろうか)

 リビングルームの玄関向きドアを開けると、いきなりコンクリートのたたきのガレージに出られます。車2台が余裕で置けるかなりの広さ。ガレージ扉はリモコン操作の自動ドア。木造の横幅6mはある大型扉は1枚板になっており重さはおそらく40〜50Kg はあったのではないか。天井に備えたレールを使い、扉をモーターでチェーンを巻き上げ引っ張り上げる。上方向に1枚扉が引き上げられて天井部分と平行になる形。

✳️ さて1台目の車は初回赴任とともに早速カリフォルニア州の運転免許をDMVで試験を受けて取得。新車で買った86,87年型日本製左ハンドル車です。"リトラクタブル・ライト" (フロントのボンネットに隠れているヘッドランプ部分がくるりんと回転して上がってから照射するタイプ)のHONDAアコードでした。

色はガンメタリック(濃いグレー色のメタリック塗装)。当時は、シャンパンゴールドみたいな洒落た色のはなかった(のか)なぁ…。このガンメタ色、太陽光線のめっちゃ強いカリフォルニアには黒っぽくて不釣り合いだったかも。出張者をサクラメント空港に出迎えるときはアコードを使います。

そして普段使いの通勤往復は、87年当初はマツダ車。次いでエアコン無しゴルフでした。夏はちょっときつかった窓全開スタイル。湿度が極めて低いカリフォルニア州なので、熱風だけれど乾燥していて汗はかきませんでしたね。

何よりも素晴らしいのはハイウェイの直進安定性❗️これはさすが!ズバ抜けており、ハンドリングが実に安定していました。運転が楽しい‼️

87年6月最初の住居にしたアメリカンリバーに程近い、"Selby Ranch Apartments" https://www.rent.com/california/sacramento-apartments/selby-ranch-4-349621  (元は名前の通り乗馬の出来る馬場の🐎ランチ) から、

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Watt Ave. を北上。そしてインターステートハイウェイ80号線に乗り一路西へ。10分弱ほど、ロースビル (Roseville) に向かってI-80 (アイエイティ)をひた走ります。道は片側4車線もあります。広々として、走行する車は多くなく、毎朝スイスイと。気持ちよかった〜。

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 朝の強烈な日射を背中側から浴びて、正面にはくっきりと照らし出される冠雪のシェラネバダ山脈。山々は一時間ほどの距離だから60Kmくらい先でしょうか。シェラネバダは南北方向に横に長く林立していますから、西への運転中は、I-80のずっと先、目前の遠くにぽっかりと空に浮かんでいる感じの姿です。

雄大で美しい風景が毎朝の日課!でした。今も脳裏に浮かびます。壮大な気持ちになり、元気をもらいながらの通勤。29歳の熱い夏が始まっていました。今こうして想い返す時、あの変化はささやかなイノベーションだったんだなと。

ゴルフとアコードに乗り、カリフォルニアの半導体生産基地で五年間を現地生産とともに過ごした日々。1987年〜5年間

◉その前は、入社したてから六年間の横浜事業場(工場)時代。無線事業、宇宙開発、通信制御機器など。📡アンテナや🛰人工衛星を作っていました。取引をしていた生産企業は南武線沿線の川崎市から稲城市などが主なフィールドでした。1980年〜6年間

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◉その後には、埼玉県は本庄児玉での📱携帯電話・携帯基地局の生産工場時代がありました。(短い一年半)2002年/10月

◉次いで府中市甲府市、中央高速つながりの💻コンピュータ工場時代が足掛けおよそ六年程度続きました。2004年以降

日本の経済成長を支えて来た電気や機械系の生産工場群。(事業撤退して)その広大な跡地に建てられた数多くのマンション群や住宅を思うとき、経済と生活の『縁』(えにし)の不思議さを禁じえません。

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  • こうして投稿内容を継続して書き連ね、この作業と行為の中から何かを体得していく。
  • こんな自発的プロセスが実は隠れた大切さなんだと学ぶ。

"change" する意思を自覚し、行動して、はじめて人生の意味が、innovative なものへと変わっていく。

自ら変化をつくりだすこと - Andyの雑記帳blog (andy-e49er) accurasal 🔗 https://andy-e49er.hatenablog.com/entry/20221102/1667375134